第21話 イケメン王子の秘密

勢いよく、怒りで開け放たれた扉の向こうにいたのは、怒りを顕にしたアレクシス様だった。

寝起きのようで、白いシャツの前は大きくはだけていて、ウェーブがかった前髪はくしゃりと目にかかっている。

はだけた胸元から見える白い肌が眩しくて、思わず目が泳いでしまう。

迷子になった視線が彼のに気がついて、お蔭で一気に凍りついた。

見た目は気だるげなのに、その空色のは映すもの、すべてを射抜きそう。綺麗な顔が怒ると迫力あるって言うけれど……、本当だった……


「お前らっ!!」

「あ、おはよう。意外と早かったな」

「ルーセル!お前、眠り薬盛っただろ!」

「やだな。よく眠れる薬だよ」

ルーセルはしれっと答えた。


怖っ!……彼に逆らうのはやめよう。


「こんな結界まで張って、何をやっている!」

「別に。ミツキに質問をしていただけだよ」

「この女に何の用だ。こいつは聖女ではなかったのだろう!?」

「アレク、口が悪いよ」

「ああ、そうだな」

レイもそれには同意した。


のうえに呼ばわりは、さすがに少々傷つく。

なんだか私までが悪いことをして、怒られている気分だ。


「なぜ、こいつがここに居て、人払いの結界まで張って、いったい何を聞きたかったのか、説明してもらおうか」

人払いの結果?

だからここへ来る時、誰にも出会わなかったし、タリアンさんが連れてきてくれたんだ。


アレクシス様は腕を組んで、仁王立ちのままルーセルを睨んでる。

はあぁ~、とルーセルはあからさまに溜息をついた。

「本当はちゃんと彼女に確認してからにしたかったんだけど、出てきちゃったんだから仕方ないか」

まったく動じず、ぶれないルーセルって、ある意味すごいな……


「俺に内緒にしようなんて、許さないからな!」

「そうじゃない。彼女が、俺達の敵になりうる存在かもしれないからさ。お前に再度合わせる前に、彼女の真意を見極めようと思ったんだ」


アレクシス様も驚いた様子だったけど、私も驚いて息をのんだ。

っ、なんで?

私が敵になりうる存在って……どうして?

レイも、知っていたの?

彼は微動だにせず、目の前の空間を見つめたまま、ルーセルの言葉を静かに聞いていた。


「どういうことだ?……こいつは、ただの人間じゃないのか?」

アレクシス様は少しかすれた声で訊いた。

「彼女は妖精が視えるんだ。実際、今も闇の精霊が視えていた」

「なんだと!?それは、本当なのか!?」

アレクシス様は目を見開いて、私を見た。

「み、視えるときもありますけど、でも、私はです!隠してることとか、能力とか、何もないですっ!本当です!」

私はアレクシス様の鋭い視線に緊張して、慌ててしまって、しどろもどろになった。


「アレク……、彼女が言うことは本当だと思う」

レイがゆっくり立ち上がるとそう言って、アレクシス様に向き合う。

「俺は、彼女が嘘をついて、俺達を騙せるような人間とは思えない。そんな器用じゃないと思う」

そして、彼は私に手を差し出し、私を優しく立たせてくれた。

「アレク、ルーセル……これは、俺からの提案だ」


「へえ~、レイからの提案とは珍しい」

「なんだ」

ルーセルのいつもと変わらずのんびりとした調子に、アレクシス様の鋭い声音。

そんな二人に、レイは低く落ち着いた声で、静かに言った。

「ミツキは、古書店で例の本の背表紙を見たとき、『白に見えた』と言っていた」


あっ、彼と初めて会った時のことだ。

ふくろう古書店で、ある本の背表紙が、白く綺麗に輝いて見えたのだ。けれど、彼が本棚から取ってくれて、次に私が手にした時は、なぜか古びた黒い本に変わっていた。


「聖女に選ばれる者であれば、確かに白ではない。けれど、そう見えたのは、何か意味があってのことで、これも女神の導きなのではないだろうか。そう思わないか?……だから、俺は、ミツキにすべてを話し、協力してもらうのはどうだろう、と思う」

「白ねぇ……」

ルーセルが顎に手をあて呟いた。


「お前、正気か?」

アレクシス様が低い声で静かに問う。

「ああ」

レイは頷いて言った。

「……ただし、彼女の同意が必要だけれど」

彼は、静かなコバルトブルーの瞳を不安げに、わずかに揺らめかせて、私を見た。


わたし!?

三人の視線が私に向けられている。

とにかく、私は敵でもなく、他意もないと証明するには……

ここは答えの選択の余地ってないですよね。


「私っ、聖女様でもないし、代わりにもなれませんけど、でも私に出来る限り頑張りますので、お手伝いさせてください!」

私は勢いよく頭を下げた。


正直、お城にもメイドのお仕事であがってるけど、私は新米すぎて、それ程忙しく大変と言うわけではなく、きっとレイの客人という配慮もされていると思う。

メイドの仕事に比べて、ランドルフ家での貴族のお姫様の生活が対価以上で、間違って来てしまった私には、まだ申し訳なく感じていた。


「ここにお世話になっている間、美味しいご飯を頂いて、ドレスとかお姫様のような生活をさせていただいてばかりなのは、本当に申し訳ないので、お仕事させてください。お願いします!」


「……変な女」

アレクシス様が低くボソッと呟いた。


そして私を見つめたまま、何か思案しているようだった。

レイが腕を組むと、不敵な笑みを浮かべた。

彼って、そんな表情かおも、するんだ。


「それとも、何?怖いのか?」

「は?」

「正体わからないと不安とか?」

煽ってるとしか思えない。こんなわかりやすいものに乗るわけが……


「んなことあるわけ無いだろ。ふんっ、いいだろう」


……乗る人がいた。


アレクシス様がつかつかと私の方へ近づくと、私より上にある目線から見下ろして言った。

「おい、お前。少しでもおかしな行動してみろ、その時はすぐに拘束する。場合によっては、命がないと思え。元の世界へ戻りたくば、おとなしくしていろ。わかったな」

「………………」

「返事は?」

「は、はいっ!わ、わかりましたっ」

ふんっ、とアレクシス様は腕を組んで、納得したようだった。


「ミツキ、アレクの言葉を訳するとね、これは危険な仕事で、場合によっては、命に関わる。キミの身に危険を感じたら、城で保護する。無理はするな。ってことだよ」

ルーセルが微笑んで言った。


「ルーセル、お前の頭の中はお花畑だな。まあ、いい。これから話すことは、他言無用だ」

「……わかりました」

コクリと息を飲む


それから私は、アレクシス様や他の王族の人たちが陽の光の加護を受け、光属性の能力を強く持つ一族であること、けれど今はその力が弱まり、この国が強大な力を持った大魔法使いと呼ばれる者の脅威に晒されていることを教えてもらった。



「王が病で退位し、皇太子である俺がすぐに即位出来ないのは、俺にかかった呪いのせいだ」

「呪い?」

「そうだ」

アレクシス様は忌々しそうに眉間に皺を寄せて言った。

「俺は、陽の光を浴びることが出来ない」

「え?」

「半年前、陽の光を受ければ死ぬという呪いを、敵対する魔法使いにかけられたのだ」

吸血鬼ヴァンパイアみたいに、ですか?」

わ、めちゃくちゃ嫌そうな顔された。


「俺は陽の光の加護を受けることが出来ず、魔力も弱くなった。お蔭で、今は自分の身すら守れぬ者となってしまった」


あ……だから、この部屋。昼間なのに、厚いカーテンが閉められているんだ。


「このことを知っているのは、ここにいる者と執事長のタリアンだけだ。情けない話しだが、この王室内でもいくつかの勢力に分かれている。もし、このことが知られれば、すぐに内争となるだろう。だから俺達は隠しながら、いるかどうかわからない聖女を探し、その力を借りて、大魔法使いを倒すしかないと考えた」


だけど、やっと探し出した聖女かもしれない美少女さんの召喚を、私が邪魔しちゃったんだ……

ここに居る間は、せめて私ができる限り、せいいっぱい協力したい、そう思った。


「ということだ。お前には、これから俺の専属メイドに任命してやろう。光栄に思え」

「うっ……はい」

目の前の王子さまは、腕を組み不遜な笑みを湛えて、私を見下ろしている。呪いなど受けてるようには見えないほど、元気そうなんだけど、な。


「あと、俺は王子だが、もう解っているだろうが、王子様対応は期待するな」

え?今頃ですか?

思わず、目がぱちくりした。きっと、ぱちくりって、こういう感じなんだと思う。

「お前たちの世界で作られた王子様像というやつのせいで、俺も苦労してるんだ」

あー、確か、ここの世界って、私たちの想像から生まれた世界だったっけ。

童話とか物語に出てくる王子様像って、言われてみれば……


が定番かも!


確かにアレクシス様もゆるくウェーブがかった金髪、空色の瞳だ。

前髪はくしゃりと目にかかるほどで、襟足は短いから、まるで今流行りのアーティストみたいな髪型だけど。


「あれは、疲れる」

アレクシス様は顔をしかめて言う。

よっぽど性格が、違うんだろうな。


私はちょっと彼が可愛く見えて、クスッと笑って言った。

「大丈夫です!私、白馬の王子様とか希望してないですから」

「当たり前だ。まあ、俺の愛馬はな」

彼はなぜか得意げに言ってから、ハハハと、愉快そうに上から私を見下ろして、笑った。


……やっぱり、可愛くないかも。



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