第17話 丘の上の小さな家
私たちは賑やかな街の中心地を散策した後、レイが久しぶりに、ちょっと寄りたいところがあるというので、私たちはそこまで歩いて向かうことにした。
町の外れにある、小さな学校や教会の前を通り抜けて、石造りの家々が並ぶ、のどかな農村に出た。
道も石畳から土に変わる。庭先にはヤギがいたり、にわとりの鳴き声も聞こえてくる。
先程の小さな教会や学校は、この辺りの人たちが通うのだと、レイが教えてくれた。
小さな石造りの家々が並ぶ様子は、TVの旅番組やアニメで見た中世ヨーロッパの田舎の風景っぽい。
絵本の世界みたいって思ったけど、そもそもこの世界が人間の空想から生まれた世界なのだから、それも当然と言えばそうなのかな……。
村の家々の間を抜けて、緩やかな坂道を登っていく。
ちょっと寄りたいとレイは言ったけど、結構歩いてる……
通勤に最寄り駅まで徒歩15分の距離を日々歩くだけの私にすると、遠足くらいの距離だと思う。
交通手段が、馬車か馬か徒歩しかない世界って、やっぱり大変……
道端には小さなオレンジの花が、ところどころ咲いていて、小さな黄色い蝶々が、戯れるように飛んでいる。
のどかだぁ~
時間を忘れてしまいそう。
派遣の仕事をしていた数日前の生活とのギャップを感じる。
緩やかな坂道の先、牧草地が広がる小高い丘の途中に、水車小屋のある石造りの家が見える。
「ウォンッ!!」
え!?犬の鳴き声?
家の前に大きな白い塊が見えたかと思うと、飛び跳ねてこちらへ向かって走ってきた。
白いもふもふの大きな犬だ!
「やばっ!」
レイが慌てて手にしていたパンの入った紙袋を、私に押し付けた。
「これ頼むっ」
「え!?」
私は慌てて、それを受け取る。
それとほとんど同時に、駆け寄ってきた白い大きなもふもふが、すっごく嬉しそうに勢いよくレイに飛びついた。
というか、派手に体当たりした。
「うわあっ」
レイはそのまま白い大きなもふもふ犬に、押し倒されるようにして、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
わあ、クールなイケメン騎士団長が犬に押し倒されてる!
ペロペロ舐めまくられてる!
「わ、お前、元気だったか?」
「ウォンッ」
「って、ちょ、くすぐったいって。お前、やめろって」
うわあぁぁ~、レイって愛されてる♪
白いもふもふ犬に、くちゃくちゃにされて、ようやく起き上がったときには、綺麗な銀髪もくしゃくしゃで、前髪がぴょんって跳ねていた。
プフッと笑いながら、跳ねた前髪を直して上げる。
「あ……すまない。んったく、スノウはいっつもこうなんだ」
「ウォンッ」
「スノウって言うんだ、可愛いね」
「ウォンッ」
返事をするように、スノウが吠えた。
大きくて真っ黒な、まあるい
可愛すぎる~っ!
「おや、レイ!またスノウにやられたのかい」
あっはっは…と豪快な笑いとともに、元気のよい声が聞こえてきた。
「おばさん、久しぶり。元気だった?」
「ああ、お陰さまでね、元気だよ!あんたもまた少し、大きくなったねえ」
少し離れた家の前から、にこやかに大きな声を掛けてくる、年配のふくよかな女性。
頭に赤いスカーフをかぶり、長い茶色の髪を後ろで一つに束ねて、レモン色の服に白いエプロンをしている。
おひさま……そんなイメージがピッタリの女の人だ。
私たちが水車小屋の横に建つ、小さな石造りの家の前に到着すると、女性は腰に手をあて、レイの姿を見て再び大笑いした。
「相変わらず、くちゃくちゃにされたね」
レイはスノウに押し倒される時、土の道の上ではなく、脇の野原のほうへ、うまく倒れ込んでいたけれど、ベージュのシャツの胸元には、スノウの足跡がくっきりと押されていた。
「洗ってあげるから脱ぎなよ」
「ああ、そうしてもらおうかな」
と言って、レイは上からボタンを3つほど外すと、いきなりガバッと脱いだのだ。
「きゃあ!ちょっと、いきなり脱がないでください!」
私は、いきなりレイの眩しい白い肌を見てしまい、思わず叫んじゃった。
「え?あ、ごめん?」
なな、なんで疑問形!?
鈍感すぎる。目を背けながらも、レイの鍛え抜かれた背中の筋肉を、しっかり見てしまった。
「あはは。確かにこの子が悪い。ほら、洗い終わるまで、うちの旦那のだけど、これ着ときな」
レイが借りた青いチェックのシャツを着てくれたので、ようやく私は目を覆っていた手をのけることが出来た。
いきなり女性の前で服脱ぐとか、貴族ではNGだと思いますけど。
私がそう思った疑問も、次のレイの言葉で解った。
「あ、悪い。つい、ここに来たら貴族になる前の感覚でさ」
「そ、そうなんですね。だ、大丈夫……ちょっと、びっくりしただけで」
かなり刺激的だったけど……っ
「ここは、俺が生まれ育った家なんだ」
「え?」
「ところで、レイ、早く紹介してくれないのかい?可愛い恋人さんじゃないか」
あ、また間違えられた。
頬に熱が集まるのを感じて、俯く
「はあ、マーガレットにも言われたけど。そんなんじゃないって。城の客人だよ」
「えー、そうなのかい」
少し残念そうに彼女が言う。
「ミツキだ」
「はじめまして、ミツキと言います」
「この
そっか……
レイとお母さんの思い出が、たくさんつまった家なんだ。
「せっかくレイが、女の子を連れてきたと思ったんだけど」
モーリィが笑いを含んでそう言うと、右手を差し出した。
私は握手をしながら
「いえいえ、私なんて。レイにはもっと素敵な女の子がお似合いです」
と、答えた。
私とレイは、先ほどマーガレットの店で買ってきたパンを、遅めの昼ご飯に食べた。
部屋の真ん中に置かれた、使い古した木のテーブル。すぐそばにキッチンがあって、隣の小さな部屋に、ベッドがあるだけの素朴な家。
でも、ぬくもりを感じる。
ここで、幼いレイと貴族のお姫様だったお母さん、二人だけで暮らしてたんだ。
目の前でモグモグとパンを美味しそうに食べるレイは、お城や屋敷で見るレイとは違って見える。今はのびのびとして、まだやっぱり10代の男の子なんだって思える。
いつもは綺麗な顔のせいもあって?仏頂面て言われてるけど、彼はお母さんから一人離れて貴族になって、ランドルフ家の当主で、騎士団長であるがゆえ、大人になろうとしてるのかな、いつもの彼のほうが緊張しているように思えた。
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