第16話 これってデートっぽいですよね!?
朝食には、マリアンヌと幼い妹弟と私だけで、さっき帰って来たはずのレイの姿はなかった。
今日はお城へはどうしたらいいのだろう。一緒に行くのかな。
気まずい……
でも、言いすぎたことは謝りたいな……
朝食の後、部屋へ戻るとメアリが「お着替えを」と言うので、着ていた仕事用のドレスから、出してくれた服に着替えてみる。
それは白いブラウスに、薄いピンクの足首まである丈の長いスカートだった。胸元はフリルがついていて、腰には幅広のピンクのリボン。ドレスに比べて華やかではないけど、ちゃんと可愛い。
メアリが髪も結ってくれた。ハーフアップにして、念入りに髪をといてくれる。お蔭でさらさらになった。
仕上げにピンクのリボンを結んでくれる。
この数年、髪にピンクのリボンなんて付けたことなかったから、なんか小恥ずかしい。
貴族っぽくないけど、可愛らしく甘めの格好をさせられて、不思議に思いながら、玄関のフロアへ続く階段へと向かった。
その階段を下りたところに、レイが立っていた。
「っ!?」
ベージュのシャツに黒のゆるっとしたパンツをはいた彼が、腕組んで立っている。ストリート系っぽいかな。お城へ行く時の彼とは全然違って、そんな格好してたら、普通に街歩いてる10代の男の子って見える。
いつもとは違う彼の姿に、なんだかドキッとする。
階段を下りていく私に気づいて、彼もこちらを見上げる。とてもラフな感じだ。
「今日は街へ行こうと思う」
あ、お仕事でこっそり街の様子でも見に行くのですね?と思った私は
「あ、そうなんですね」
と普通に流して答えた。
私たちは馬車までお互い無言のまま乗り込んだ。
彼は馬車の窓の縁に肘をのせて頬杖ついたまま、外の景色を見ている。
やっぱり、昨日のことは、早めに謝らなきゃだよね。
勇気を出して、私は覚悟を決めた。
「あの…」
「昨日は…」
「あ……」
被ってしまった。
彼も頬杖をやめて、こっちを見る。
勇気出したのに……一気に萎んでいく。
「あー、何?」
「あ、いえ。お先にどうぞ」
私が彼に促すと、少しこちらをじっと見ていた彼は、スッと視線を外にうつし、
「昨日は、悪かった」
と、少し恥ずかしそうに言った。
「ミツキの気持ち、考えたらすぐに分かることなのに、もっと早く聞くべきだった。一番、辛いのは、あんただったよな」
彼の声が、深く低く染み込んでくる。
レイがとても丁寧に、心を込めて言ってくれてるのが伝わってくる。
もう一度、私の目を見て「ごめん」と彼が言った。
貴族や騎士団長の彼ではなく、19歳の等身大のレイって感じ。
私も姿勢をただして言う。
「ううん、私の方こそ。レイに言ったってしかたのないことで、八つ当たりしちゃった」
彼の言葉のお蔭で、すんなりと心に溜まってた言葉が出てきた。
「昨日は、きつい言い方しちゃってごめんなさい」
そう言って、両手を膝に頭を深々と下げた。
「あ、いや、べつに。ミツキが怒るのも当然で」
「ううん、そんなことは……」
と言って、なんかどうぞどうぞ、と譲り合ってるみたいで、可笑しくてフフフッと笑った。
「じゃあ、お互い様ってことで」
「やっと笑った」
「え?」
そして、彼もにこって笑ったのだ。
え?にこっ?
なんか、いつもの貴族の彼とは違う顔。
そのあとすぐに馬車は止まった。
街の賑やかなところの近くまで行き、そこで下ろしてもらった。
少し歩くと、私たちは市場のメインストリートに出た。
TVで見る外国のマーケットのような風景。石畳みの両側にテントを張った露店が並んでいる。
色とりどりの果物、パン屋、魚屋、肉屋、焼き菓子……
お店の人もお客さんも元気でに賑やかだ
わあ!
ワクワクする!
スーパーや日本の商店街って、パックやショーケースに入って売られてるし、肉も魚も切って売られてることが多い。
まあ、魚は1匹丸ごとの姿で売られてることもあるけど、ここの魚屋は見たことのない魚がたくさん並んでて、肉屋も魚屋も売り方が豪快だ。
「気になるものがあったら言えよ」
「え、うん」
長身レイは買い物客で溢れる通りを器用にすいすい抜けていく。
けれど、背の低い私は、人とぶつからないように、人混みに流されないようにしながら、ちょこちょこと前に進むのに必死だ。
そんな私に気がついて、レイが「ほら」って手を私に伸ばした。
「え?」
これは手を繋いでもいいのでしょうか?
悲しいかな、こんなシチュエーションは小説やアニメの2次元でしか知らないので、私はすぐに対応出来ず、ただ手を見つめていた。
「はぐれたら困るから」
とレイは言ったけど、すぐに
「あ、嫌ならいい」
と手を引っ込めようとした。だから慌てて、
「い、嫌じゃないですっ!」
て、彼の手に飛びつくように、差し出された手を取ってしまった。
ああ、可愛く対応したい……
私は運動会のダンス以外、人生で初めて男の人と手を繋いで歩いていた。
花屋、果物屋、魚屋、肉屋まで、いろんな店を覗いて回った。
わかったことは、レイって顔見知りが多くて、気さくに喋る10代の男の子ってこと。
私が数日見ていた仏頂面のレイは、何だったのだろう……
「おや!?レイじゃないか!」
威勢のいいオバサンの声がして、見るとパン屋の恰幅のよい女性がこちらに向かって、手をブンブン振っていた。
「ああ、マーガレット」
ん?あの大きな声で恰幅のよい、白いエプロン姿のオバサマは、マーガレットというお名前なのですか?
私の持つ、可憐な名前のマーガレット像と、パン屋のオバサマとのギャップを感じてしまったけど、私も自分の名前の“花園美月”のキラキラしたイメージに、いつもギャップを感じてたんだ
ということを思い出し、心の中で謝罪し反省した。
私たちは、パン屋の店先に立ち寄る。
「レイー!久しぶりじゃないか、どうしてたんだい?」
「あ」
「元気だったかい?ま、あんたは元気だね!」
「う」
「あんたの取り柄っちゃあ、顔と丈夫なことくらいだもんね」
「お」
「で、今日は恋人連れてかい。ようやく可愛い恋人さんが出来て良かったじゃないか!」
「いや…」
「レイはやんちゃで口下手だけど、根は優しくて、いい奴だから!あたしが保証するよっ!」
マーガレットさんは、私に向かって、バチンって音が聞こえそうなウインクをしてくれた。
「ちょっとは喋らせろよ、ったく。相変わらずなんだから」
レイが呆れて言う。
「大体、彼女は恋人じゃない。客人だ」
「なんだい、恋人じゃないのかい。そりゃお嬢さん、悪かったねえ」
「あ、いえ」
笑って手を振る
「そして、やんちゃは余計だ」
「なに言ってんだい。やんちゃだよ。なんなら子供の頃のあんたはさ、」
「あああ、わかったって」
レイが慌てて彼女の話を遮った。
それから私たちは少しマーガレットさんと話を楽しんで離れた。
別れ際、マーガレットさんが「また二人で来なよ」と言ってくれたのだけど、この世界には長く居れないし、何て答えたらいいのか分からずいると、レイが「ああ、そうしたいな」って答えてくれた。
彼が否定しないでくれたのが、なぜか嬉しかった。
少し歩いていくと、甘い美味しそうな匂いが漂ってきた。
某テーマパークを思わせる、美味しいお菓子の匂い。
目をさ迷わせて、屋台並ぶチュロスかドーナツのような揚げたお菓子を見つける。
「ああ、あれ」
見た目はチュロスのように長いのに、ドーナツって
言うらしい。一応、丸いのも売っている。
「食べてみる?」
「え?いいの?」
「コロケのお礼」
コロケ……
覚えててくれたんだ。
正しくはコロッケなんですけど……
訂正する前に、彼はチュロスっぽいドーナツを買いに行ってしまった。
レイは手に2本持って戻ってきた。
「俺も好きなんだ。子供の頃、時々買ってもらって食べてた」
そう言ってパクっとかぶり付いた彼は、ちょっと嬉しそう。
私もかぷっと食べてみる。
うん!砂糖たっぷりめのチュロスだ!
アクセサリーや玩具、いろんなお店を見て回ったのだけど、今まで仕事っぽい感じがなくて、私は全然楽しませて貰ってるのだけど、良かったのかな?
レイと私は木陰のベンチに座りながら、チュロスにかじりついていた。
「あの、今日のお仕事って、街の様子を見て回るって、ここんな感じでいいの?私は思いっきり楽しませて貰ってるのだけど……」
「は?」
「え?あ、この後に仕事でしょうかっ」
「あんたって、めちゃくちゃ働きたい人?」
「いえ、めちゃくちゃ仕事好きじゃないです、
どちらかと言えば、ゴロゴロと小説読んでるか、ゲームしたりアニメ見てるほうが好きです」
「…………」
沈黙が流れた。
あ、つい!いきなり本性出しすぎた!?
私がマズイと思って、何か言って取り繕わなきゃと焦ってると、彼がプッと吹き出した。
「ごめん、聞いてなかった?今日、俺非番になって、あんたを街案内することにしたんだ」
「え?じゃあ……」
「仕事じゃない」
「あ、そうだったんだあ。よかった」
私は一気に休日を感じて、笑った。
「私、ふつーに楽しんじゃってたから」
そう言って、レイと顔を見合わす。
ん?
いま、見つめ合ってる?
レイはふっと目を反らして、にこっと笑った。
「そっか、楽しめてるようで良かった」
なな、なんか、これ、デートっぽくないですか!?
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