第22話 するつもりのなかった抵抗4

 表面上はいつも通りにしろと言われている。とはいえ、緊張するのは仕方ない。何しろ大家の声は頭に刺さるんだ。あの声は立派な武器の1つだと思う。

 岩谷さんは「見た目と声の大きさ程恐ろしい相手じゃない」って言うけど、こっちはまだ高2のガキだというのを忘れてないだろうか。そりゃ海千山千の弁護士である岩谷さんからすれば「恐ろしい相手じゃない」かもしれないが、俺にとっては結構恐ろしい相手なんだが?

 「トイ・ダンジョン」の攻略は、生身で行う訳じゃない。というか、生身は座っているだけなので、どれだけ攻略していても身体能力が上がる訳じゃない。傷を治す薬は見つかってても、能力を上げる薬は見つかってないからな。あっても困るけど。


「……」


 大家が出てくるのは、俺が放課後に「トイ・ダンジョン公園」に行って帰ってきてからだ。そして今日はそもそも「トイ・ダンジョン公園」に行かない。つまり路上、他の人に助けを求められる場所でバトルする事は出来ない。

 岩谷さん曰く、俺が学校から帰ってきて部屋に戻り、そこから出かけなければ大家の方から俺の部屋に来るだろうとの事。だからその時にしっかり「ドローンが壊れたから探索できない」と伝えろ、と言われている。

 大家なんだからマスターキーも持ってるし、勝手に別の鍵を追加するとこちらの瑕疵になる。向こうから来るのは防げないし、家探しする事すら造作もない。怒りに任せて強制退去をさせるという手札もある。


「…………、いや、いいのか?」


 やだなぁ……。と全力で思っていた訳だが、もしかするとそれでも別に、俺の方は困らないのかもしれない。一応岩谷さんからは、大家に勝つ為のセリフも聞いているが、別にここで負けて追い出されても問題ない気がしてきた。

 何しろ、家賃を10倍に上げられたところで、既にそれ以上の現物支払いをしているんだ。水道と電気をこちらの過失無しに止めるのは完全に違法。それに金がないアピールはしたがちゃんと貯金はしているし、これを機に岩谷さんに相談して引っ越してしまってもいいかもしれない。

 そうだな。とりあえず今の所、負けても問題ない。ちょっと気が楽になった。


「なるほど。負けてもいいのか。……というか、岩谷さんの推測通りなら、その通りにすればまず勝てるのか」


 何しろ岩谷さんは「これさえ言えば絶対に勝てる」って言ってたからな。それはもういい笑顔で。後はもしトチ狂って警察に駆け込んだところで、そっちはそっちで舌なめずりして待ち構えている「味方」がいる。

 どうやらどう転んでも詰んでいるのは大家の方らしい。まぁそれはそうか。自分で自分の首を絞めていたんだから、当然の話だ。

 でもまぁ、玄関が1階にあって部屋の本体が2階にあるという構造をしてたって、部屋の中にまで押し入ってくる可能性はゼロじゃない。だから、一応部屋の目隠しをして時間を潰しておくか。


ドンドンドンドンドン!!

「……うっわ、ほんとに来た」


 もはやちょっとしたホラーなんだが。今の所全部岩谷さんの言った通りだぞ。未来予知かなんかか? それとも経験か? ……未来予知の方がマシの気がする。だってこういうバカを山ほど相手してきた、つまりバカが山ほどいたって事だし。

 乱暴に扉を叩く音はしばらく続いていたが、俺が返事をしながら階段を降りていくと止まった。よく手が痛くならないな。俺がやったら絶対に3、4回やったところで手が痛くなるぞ。


「はい、どちらさm」

「あんた、いつまで怠けてんだい!?」


 なお、このセリフ及びそこからひたすら続く暴言も、岩谷さんの言った通りだ。というか、暴言の中身も大体合ってるんだけど。何で分かったんだ? 確かに俺が今まで言われた暴言は伝えてるし、ボイスレコーダーで録音してた分は全部渡してるけど。

 しっかし、必死だな。そんなにポーションが欲しけりゃ自分で「トイ・ダンジョン」を攻略すりゃいいのに。トイプチに指示を出すだけなら、どんだけ不摂生で体力のない人間にも出来るだろ。

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