二人の秘密

 世界が様変わりしていた。


 陽光を拒むように真っ黒な暗黒が四方を包み、微かに見える明かりにもくすみが見られる。見下ろせば、そこには赤い点がちらほら。鉄の味がするそれは、間違いなく血液。誰かが誰かを襲い、殺し、流されたものだ。


「何が起こったのじゃ……」


 プレトンは戦棍を振り下ろした直後、不可思議な空間に降り立っていた。


「プレトンさん、なんてことを!」


 大司教を責めたのはアルトゥール。彼はプレトンの法服の袖を引っつかみ、その行いを問い詰めた。


「姉さんは……ヴェレダの心の奥底を探っちゃ駄目なんです」


「あ、アルトゥール君。君は姉の――いや、巫女殿の何を知っておるのじゃ? わしゃ、君に会った時に何か『』を巫女殿に持っとるのを感じ取った。それも一人じゃのうて、をじゃ。君と巫女殿の間に、一体何が隠しておる?」


 プレトンの質問に、アルトゥールは無言を貫いた。話せない。誰にもには話してはならない。彼の決意は固かった。ヴェレダとの約束は絶対。それを破ることは即ち彼女の死に繋がるのだ。


 アルトゥールからは何も聞き出せないと悟った大司教は質問を止め、辺りの調査を始める。上下左右のどこも黒。目を動かしても代わり映えはなく、手掛かりは僅か。プレトンはその一つ、血液を手に取り舐めた。


(大昔に流されたもの。乾ききっておる)


 随分と昔に死を迎えた死者の血液のようだ。その一滴をプレトンが舐めると、地平線の向こう側――事実、大司教にはそう見えた――まで道のように続いているのが分かった。


(辿っていけば、何か分かるやもしれん)


 プレトンは血の道を頼りに歩いた。それがこの世界の秘密を解き明かす唯一の鍵と信じて。


「だめだ、そっちに行っちゃ!」


 アルトゥールは、大司教に思いとどまるよう必死に叫ぶ。姉の心に直接触れてはいけない、と警告したのだ。だが、無意味だった。青年の制止を振り切り、プレトンは歩み続けた。アルトゥールは仕方なく彼に従った。


 血を追えば追う程に、プレトンには強い風が吹きつけた。人を凍えさせ、死に至らしめると思わせるような冷たい風が。


 近づく者に「拒絶」を示すように。「私の真相を知る者には容赦しない」と言いたげに。


 冷風に肌を突き刺されながらの行進は、二人にかなりの苦痛を感じさせた。


(来させては駄目よ。アルトゥール)


 痛覚が刺激されっぱなしの中、アルトゥールの耳に届く姉の言葉。テレパシーのように頭に届けられた忠告が、青年を大司教の前に行かせ、両手を広げて壁をつくりあげさせた。


「プレトンさん、やめてください。こんなこと!」


「アルトゥール君。何をそんなに恐れておるのじゃ? 探られてはいけないものが先にあるのかの?」


「そうです。だから、やめてください」


「……どうして君が、姉の心の世界について知っておるのじゃ?」


「そ、それは――」


「わしの勝手な推測じゃが、どうか怒らないで聞いておくれ。』おるのじゃないかね。で」


 アルトゥールはもう隠し通せないと思った。彼は初めて村人ではない人間に、ヴェレダとの秘密を打ち明けた。


「信じてもらえないかもしれませんが、俺達は……んです」

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