連携攻撃

 白い霧が支配する戦場に、一閃が何度もきらめいた。目標は二人の乙女。一方は戦える立場で、もう一方は守られる立場で。


「くそっ、防戦なんざ性に合わねえってのに!」


 自分だけでなく、ヴェレダも守らねばならないマルグレーテは窮地に立たされていた。斬撃を剣で受け止めつつ、オルドリンの次なる一撃がどの方向から来るのかを予測して立ち回らねばならないのだ。ちょっとの判断ミスが命取り。己か、もしくはヴェレダが死を迎えることとなる。


(次は……ちぃっ!)


 焦りをにじませるマルグレーテ。その顔から流れ出る汗が、ヴェレダの肌にかかる。目が見えない彼女でも分かった。男爵には余裕がない。そして、その原因の一つは自身の無力さにあると。


(私が動ければ、マルグレーテ様も安心して戦えるはず。なのに、私が一寸いっすん先も見通せないから、こんなことに……)


 ヴェレダが自身を責め苛んでいる間にも、敵将オルドリンは濃霧を物ともせず攻撃を繰り返している。応戦するマルグレーテの剣が一撃を辛うじて受け流しているのが分かる。しかし遂に、


 バギンッ!!


という音とともに、マルグレーテの剣が折れた。すると彼女は、最後の得物えものを腰から抜いた。


 それは戦斧いくさおの。投擲に適した形状のそれをマルグレーテが握る。そして、次の一撃を加えんと構える敵将オルドリンの動きに注視しようと耳を澄ます。


「どこから来るんだ? ああっもう! 霧がなきゃ分かんのに」


 苛立ちを強めるマルグレーテ。それがさらなる焦りを生み、敵の迫りくる方向の探知をより困難にする。悪循環だった。その時。


「マルグレーテ様、私があなたの目になります。ですから、あなたは敵に攻撃を」


「え? でも、どうやって?」


「敵が来る方向を指し示します」


「おい、そりゃありがたいけどさ……。下手すりゃ、あんたの腕がなくなるぞ」


「それでも……何もしないで守られているのは、嫌なんです。どうか、私に従ってください。お願いです」


 マルグレーテは逡巡した。果たして護衛対象に、危険なことをさせてよいものかと。もし自分が仕損じれば、彼女が死ぬ可能性が高かった。そうなれば、任務は失敗に終わるのだ。


 迷っている時間はない。瞬時に決めねばならなかった。そこで、マルグレーテは大声で言った。


「来いよ! 霧にこそこそと隠れてないでよ!」


 わざと敵将オルドリンを挑発した。それに釣られたのか、彼は馬に鞭を打ち、大きく蹄の音を響かせる。これで、敵が迫る方向をある程度定められるようにした。


 だが、霧の濃度は相変わらず。よって、おおよその方角しか分からない。やはり、細かい調整はヴェレダに任せるしかなかった。


 蹄の音は大きくなる。二人の乙女が流す汗は、先ほど湖で流した量よりも遥かに多くしたたる。水面を渡り来る敵の音がヴェレダの耳にノイズを走らせ、彼女を惑わせてる。今か今かと指示を待つマルグレーテ。チャンスは一回。武器は戦斧一本だけ。外せば一巻の終わりだ。


「あちらから!」


 ヴェレダの指示が出た。その指先は真東の方向を差し、太陽が敵の背後から陽を差すようになっていた。濃霧の中にあっても、僅かばかりに届く陽光。それがマルグレーテの照準を鈍らせた。


(ね、狙えねえ!?)


 外してはならないという重圧が、男爵の投擲を躊躇ちゅうちょさせた。それは一秒という極めて短い時間。だが、致命的だった。


「もらった!」


 オルドリンは今度こそ勝利を確信する。彼はローラント伯爵との戦闘では怯えを見せて敗走する様を見せていたから、湖上での戦闘においてはさらなる汚名を刻むまいと躍起になっていたのだ。


 彼は剣――ローラントに一本折られていたため、別の小型の剣を大きく振るって、自身を指差しているヴェレダの腕目掛けて振り下ろそうとした。まずは「己に不快感を与えてくる巫女」の方を仕留めようとしたのだ。


 霧に巫女の血が色濃く混じり、若い命が奪われるかと思われた……。だが、


 ビューン!!


 空を覆う霧に一つの小さな穴が開く。と同時に翼を広げた大型の猛禽類もうきんるいが、オルドリンへと降下してきた。鋭いくちばしを彼に向けた状態で。


「何!?」


 思わぬ攻撃に、オルドリンは馬の手綱を緩めてしまった。それがマルグレーテに再び攻撃のチャンスをもたらした。


「今度こそ!」


 男爵の右手から放り投げられた戦斧は、大きなを描きながら目標へと進んでいく。そして、間もなく命中。と同時にオルドリンの馬が悲鳴にも似たいななきをあげた。


 オルドリンの馬は、その頭を斧で勢いよく勝ち割られていた。それだけではない。


「ぐふっ……」


 なんと、斧はそのままの勢いで突き進み、オルドリンの腹にも穴を開けてしまったのだ。直径五十cm程の、人間なら死に至るであろう損傷をだ。


「こ、この……。おぼえてやがれ!!」


 オルドリンは傷口を抑えつつ、自らの馬に拍車をかけその場から去る。それを目の当たりにしたマルグレーテは驚愕の顔をした。


「あいつ、それにあの馬も……なんで死なねえんだ?」


 彼女が当然の疑問を口にしていると、少ししてからローラントが登場した。


「おい、怪我は?」


「お、遅いぞ。スケベ伯爵。もうちっと早く来てくれよ。危うく死にかけたじゃねえか」


 とは言ったものの、マルグレーテは伯爵の体にびっしりとこびりついた青い血を認めると、それ以上彼を咎めだてはしなかった。


「ヴェレダちゃんは?」


「怪我はしてない……けど」


 マルグレーテが、視線をローラントからヴェレダに移す。伯爵も彼女に合わせる。二人の目に映ったのは、目を閉じたままで動かない巫女の姿。


「本当かい? まさか、どこか怪我してなんか」


「わっかんないよ。うちにも何がなんだか」


「ほお? では、わしに少し診せてもらえないかの」


 若い二人に混ざる、老人の声。伯爵と男爵は声のした方を向く。声の主は霧の晴れた湖のほとりから騎乗姿で現れた。赤い法服を纏い、右手には戦棍メイス、左腕にはマルグレーテを救った一羽のわしを従えて。


「遅れてすまないのお。君たち」


 そう、彼こそが巫女を守る使命を帯びた最後の騎士。大司教の肩書を持つ男だった。

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