伯爵vs悪魔の騎士
ローラントと敵兵は睨み合った。互いが「手ごわい相手」と認識しあう。
「お前が聖剣の持ち主か」
先に口を開いたのは、敵の騎士。両こめかみから十cm以上の長さの黒い角を伸ばしている彼は、黒の胸当てを装着し、赤い羽根飾り付きの兜を被っている。身長は百八十cmを超え、人だったことを思わせる白い口髭をしごきばがら、馬上からローラントを見下ろす。何やら、彼に思うところがあるような眼をして。
ピュイイーッ!
「おい、角の生えた敵さんよ」
愛馬に跨りながら、ローラントは敵に尋ねた。
「どうして、僕が馬を呼ぶまでの間に攻撃してこない? 騎馬と徒歩じゃ勝負にならないってことぐらい、蛮族のあんたでも分かるはずだ」
確かに機動力では、人は馬には勝てない。相手の不利を突くのが戦いの作法というもの。よって、先ほどまでは敵側が有利なわけだからそこを突いてローラントに攻めかかれば勝算は高かっただろう。
だが、敵騎兵はそれをあえてやらなかった。なぜか。
「それは騎士道に反するからだよ」
「なんだって?」
敵の口から「騎士道」という単語が聞けるとは思わなかった。ローラントは驚きを隠せなかった。蛮族にも崇高な理念を解するものがいたとは。
「俺はオルドリン・ハン。エイチェル・カンの弟だ。まあ、これがお前の最後に知る敵の名になるから、冥途の土産にしときな」
オルドリン・ハン。少し前にフランチア騎士団を壊滅させ、さらにコンラートら生き残りの騎士たちに名誉の最後さえ迎えさせなかった男が、ローラントに名乗りを挙げた。折れぬ自信を口上にのぼせながら。
「僕はナーバル伯のローラント。フランチア王国の王アンリ尊厳王の甥にして、王国最強の騎士だ。お前こそ、僕の名を忘れずに地獄へと戻るがいいさ」
聖剣ルミエールの
(ふんっ、口先だけかどうか。お手並み拝見といこうか)
オルドリン・ハンは己の強さを信じて疑わなかった。それは自分が、かつて大陸を恐怖のどん底に落とした蛮族の王エイチェルの弟であり、かつ兄に次ぐ実力の持ち主であることに起因している。
一方で、彼は少し前に伝えられた「急な作戦変更」に不満を感じていた。
本当はポロラミア王国の支配圏を掌握した後で、オルドリンの部隊は北の山脈を超え、沿岸部とその向こう岸にあるラプタルラント――すなわち二人の東側で水浴びをしているマルグレーテとその従者の故郷へと攻め寄せ、完全に滅ぼすつもりであった。
チオネス族。それはエイチェル・カンがポロラミア王ヘンリクに譲渡を要求した部族の名であり、遥か昔にラティニア帝国軍以外で唯一「地底の民」に善戦をし、大きな損害を与えた連中だった。
エイチェルは彼らを恐れていた。もしポロラミア王が大人しく彼らを引き渡すというなら問題はなかったが、そうはならなかった以上、チオネス族を放置することはできない。エイチェルとオルドリンが率いる軍勢は西部を攻める予定でいたから、その背後を優秀な騎兵を有するチオネス族が攻めて来るとも限らないし、ポロラミア王が何かしらの方法で彼らに蜂起を促す可能性だってあった。
よって、オルドリンはその可能性を潰すために動く手筈となっていた。しかし、
「聖剣とやらの存在に探りを入れろ。我らが野望成就の障害になるかもしれない」
と急に告げられて、進軍方向を北から南西に、つまりはヴェレダを護送する一団のいる方角へと変更されたのだ。強力な騎兵のチオネス族との戦いを望んでいたオルドリンにとって、この作戦変更は受け入れがたいものだった。
そう、ローラントと
ガギャアンッ!!
濃霧に四方を囲まれた森。風は
(なんだ、こりゃ!?)
オルドリンは右肩の首の間から出血していた。そこには直接攻撃を受けていないはずなのにだ。あまりの事態に悪魔の将もしばし
「まだやるかい? 武器を失ったオルドリンさんよ」
抜き放たれた聖剣ルミエールに付着したオルドリンの血液――その色は人のものとは違い、暗い青をしていた――を拭いながら、ローラントは一騎打ちを続ける否かを突き付ける。余裕の表情のままで。
(
兄と同様、一度死んだ身のオルドリンも二度目の死は嫌であった。今の彼は数千の騎士を難なく
彼は心の底から、ローラントという男とその聖剣ルミエールの力に恐怖した。
「ふんっ!」
「あ、おい、待て!」
オルドリン・ハンは馬首を東に転じて、乙女たちのいる湖へと馬を走らせた。ローラントも慌ててその後を追いかける。
伯爵は恐れたのだ。抵抗できないヴェレダが、悪魔の将の手にかかることを。
(今、行くぜ。ヴェレダちゃん。僕はか弱い者を守る騎士だからね!)
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