スケベ伯爵

 カミーユとアルトゥールが稽古を終え、野営地に戻ってくる。二人はテオドリクスに迎えられた。


「おかえりなさい。二人とも」


「ただいま戻りました。公爵閣下」


「アルトゥール君。カミーユ卿のしごきはどうだったかな?」


「……とても厳しかったです」


 アルトゥールの疲れ切った様子を見て、テオドリクスは快活に笑った。


「初めは皆そのように感じるものだ。俺も父上が生きていた頃は、毎日特訓の日々だった。『一日でも早く、私の後を継ぐ立派な騎士になれ』としつこいぐらいに言われたものさ」


 昔を懐かしむテオドリクス。アルトゥールは彼の言葉が気にかかり、こんな質問をした。


「公爵閣下。閣下は『お父様が生きていた頃は』と仰いましたが、一体お父様に何か――」


 青年騎士が言い終える前に、彼の眼前に佇むテオドリクスは暗い顔つきになっていた。アルトゥールは、それ以上の追及は避けた。公爵には何か詮索されたくない事情があるのだろうと、彼は推測したからだ。


「公爵閣下。設営が完了しました」


「お、ご苦労様。商人から購入しておいた食物があるから、そこから分担して食べなさい」


 テオドリクスにとっては丁度良いタイミングで、彼の従者の一人が報告に来てくれた。騎士三人の間に流れた気まずい雰囲気を打ち消すには好都合だと思い、公爵はそのまま従者と共に食物の収められた袋の方へと案内していった。


「カミーユ卿、アルトゥール君。君たちも食べなさい」


「公爵閣下、喜んで」


「俺もいきます!」


 こうして男共は、野営地の内側に集まり、黒パンやポタージュスープ、塩漬け肉などを食した。


 ただ一人、ローラント伯爵を除いて。



「さぁ、可愛い子ちゃんはどこかな」


 野営地の設営完了と同時に、ローラントはそこを離れ、お目当ての女性たち――ヴェレダとマルグレーテ、それと五百人の女性従者を探しに湖のある東へと進んでいった。


(あの公爵、僕を煽って設営に参加させやがってよ。たくっ、イラっとするぜ)


 ローラントは野営地造りに本当は参加したくなかった。そういった面倒なことは周りの者に任せ、自分はナンパをして過ごすつもりだった。しかし、


「手を貸してくれ」


とテオドリクスに言われ、彼は渋々作業に加わることに。当然、乗り気ではないローラントの行動は緩慢なもので、それは彼の従者にも伝播する。彼らのせいで、他の騎士とその従者に余計な負担がかかっている。それを見て取ったテオドリクスは、スケベな伯爵に発破をかける妙案を思いつく。


「君の奥方様は、きっと勇敢な姿を見せてくれることを期待して、君を送り出したのではないかね? しかし、困ったものだよ。そのような体たらくでは、奥方様を落胆させる知らせが届くだろうな」


 そう言うと、テオドリクスはやれやれのポーズを取る。わざとらしくしてみせたことが、ローラントの心に火を付けたらしい。伯爵は無言で斧を取り、手当たり次第に木を切り倒していく。片手で持てる小型の斧にも関わらず、彼は一撃で樹木を横にしていった。小枝を伐採するかのように。


 まんまとローラントは、テオドリクスの口車に乗せられた。というのも、伯爵の怪力は、他の騎士よりもずっと勝っているもので、公爵はそれを利用したのだ。設営の時間短縮のために。


 そのようなことがあった直後だったから、設営から解放されたローラントの足取りは軽かった。今度こそ、己のよこしまな思いを叶えられると思えば、疲れた体に鞭を打つことは何でもなかった。


(さて、見つからないように、静かにゆっくりと)


 事が発覚しては一大事と、ローラントは忍者の如く隠密行動を試みる。その熱意を仲間たちとの協調にむければよいものを、欲望に忠実な伯爵は不埒ふらちな行動に注力させた。度し難い男である。


「おお……」


 ローラントは歓喜の声をもらした。目も輝かせた。


 男にとっての楽園が、湖上に現出していた。

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