子爵の稽古
関所の近くで、野営地の建設は進められた。
「
「百本じゃ足りねえな」
「まじかよ。くそったれ」
従者たちの声がやかましく響く。各々で役割分担をしてから、効率的に動く彼らはさながら働き
「おーい、誰か斧を持ってないか?
従者の一人が、伐採の道具を求めた。すると、一人の女性が彼に近づいてきた。
「あいよ」
「ありがとう。あれ? 君は――」
「マルグレーテ様の子分さ。ほれ、斧ならこっちにたくさんあるから、好きに使いな」
そう言って、マルグレーテの従者は他の騎士の従者に斧を手渡していく。
「お、どうも。ところでこんなにたくさんの斧はどこから?」
「あたしたちは、あんた達みたいに剣を使うのは性に合わないからさ。普段使いのために斧は一人五本携帯してるんだよ」
「一人で五本も!? そんなに持って何の意味が――」
「え? ああ、これはね」
マルグレーテの従者が他の従者と会話をしていると、彼女はコンマ数秒だけ視線を東の森に向けた。と同時に腰にかけていた斧を抜き、素早く投げつける。
ガツンッ!
乾いた音がした。少し遅れて小動物の悲鳴と、男達の驚く声が聞こえてきた。
「なんだ? 斧が飛んできたぞ。何がどうなって――」
「あ、すまね」
斧を投げた当人はケロリとした態度で、斧の刺さった大木まで走っていく。そして戻ってくると、自分の
「小動物は矢で射るより、こっちの方が楽だからさ。当然、敵を
男らは顔をひきつらせた。マルグレーテの従者は満面の笑みを浮かべ、得意げだった。
◇
「脇が甘い。アルトゥール君」
従者たちが野営地造りに勤しんでいる最中、新米騎士のアルトゥールは、仮面の騎士カミーユに稽古をつけられていた。
「そんなことでは、
仮面の騎士は、実戦経験皆無のアルトゥールに容赦しなかった。相手が態勢を元に戻し、構の姿勢を見せるとすぐに、カミーユは稽古を再開。右に左に剣を振って揺さぶりをかける。
(この人。皮膚の病気を持っているはずなのに、どうしてこんなに強いんだ?)
ローラントとの口論で、カミーユがハンセン病に罹患していることを、アルトゥールは知っている。だが、目の前の騎士からはまったくその気配を感じない。
「そこ」
「うわあっ!」
アルトゥールが剣を大きく振り上げた際にできた隙を、カミーユは見逃さなかった。彼はがら空きの脇腹を軽く突いてやった。実戦であれば、胴体に致命傷を負っていただろう。
「あ、ありがとうございま――」
一撃をもらったアルトゥールは、息を切らせながら仮面の騎士にお礼を述べようとした。しかし、最後まで言い終わらぬうちに、カミーユは剣を杖として膝を地面に付けていた。
「カミーユさん!」
「すまない、アルトゥール君。みっともない姿を見せてしまって」
「いえ、そんなことよりお体の方は?」
「あまり……すまないが、包みから薬を取ってくれないか」
カミーユは、稽古場の最も近くに立つ樫の木の根本を指差す。そこには緑色の包みが置かれていた。それを受けて、アルトゥールは駆け足でそちらに向かい、包みから薬――とおぼしき黒い固形物を取り出した。
「カミーユさん、これですか?」
「ありがとう」
カミーユは仮面を取り、アルトゥールの
それはとても痛々しいものだった。とても形容しがたいものだった。生きているのがやっとのものだと思わせるものだった。
「カミーユさん、そんな体でどうして稽古をつけてくれたんですか。どうして……」
「私は『聖剣』の所有者だからね。それを持たない人々を強く導くのが……私の役目。これくらいの苦痛など」
彼にしては長い一言の後、しばらくしてカミーユは立ち上がる。どうやら、薬が効いてきたようだ。呼吸も穏やかになり、背筋もしゃんとなった。それを見て安堵を浮かべるアルトゥール。
「そうですか。でも無理はしないでくださいね」
「そうしよう」
カミーユは、いつもの調子を取り戻していた。
◇
こうして、二人は稽古を終え、彼と一緒に野営地へと戻ることとした。その道中、カミーユは俯きがちに歩いていた。
(もう、聖剣では完全に痛みを取り除けないところまで悪化してしまったか。私は……いつまで生きられるのだろう?)
ふと、カミーユは杖として使用した己の聖剣をじっと見据え、自分がもう長くはないだろうことを予感するのだった。しかし、彼は騎士としての生き様――強大な敵のためなら、命を投げうってでも戦うという覚悟を捨てはしなかった。それは「あの人」を守るため。
全ては、自分に差別の眼を向けることなく、偏見から
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