難病を患う子爵

 聖剣。それは大陸内に数多いる騎士の中でも、極一部の者しか持つことができい武器。


 ローラントが持つ聖剣の名はルミエール。太陽を意味する名が示すように、抜かれた剣身は地上に出現する小さな太陽の如く、周囲に光を、そして見る者の心には希望をもたらす力を有している。


「きれいだ……」


 アルトゥールが呟いた。それ以外に言いようがなかった。


(そうね。アルトゥール。私にも見えるわ。とても美しい光……)


 闇に包まれる人生を長く過ごしてきたヴェレダの眼にも、ルミエールの輝きは達していたようだ。さえも貫く力。聖剣の力は人智の及ばぬ物だった。



 その後、一行は逃げて来た騎士にお供を付けると、彼をフランチア領へと護送するよう計らった。送り出す前に東方の情報を聞き出すのを忘れずに。


「連中は、もう相当近くに来ているようだな。針路を少し変えよう」


「変える? どんなふうにさ」


 テオドリクスの声掛けに、間髪入れず突っ込みを入れるローラント。公爵は提案する。


「神聖ラティニア帝国の領内を南に進んで、マジャリア領に入ろう。それなら、敵に補足されるリスクも小さくできる」


 当初のルートは、神聖ラティニア帝国の隣国に当たるポロラミア王国領内に入り、そこから南に針路を執ってマジャリア領に向かうものだった。しかし、このルートだと平野を通らざるを得なくなり、地底の民から襲撃される危険性は高い。


 ならば、障害物も少ない土地柄のポロラミア王国を通るよりも、神聖ラティニア帝国内を進む方が安心だと、テオドリクスは考えたわけだ。


「閣下。一言いいかな?」


 それまで黙っていたカミーユ子爵が、ここでテオドリクスに意見する。


「どうぞ。カミーユ卿」


「そのルートは確か森林地帯で、舗装されていなかったはず。そこを通るのは困難だと思う」


 カミーユはジェストランド――フランチア北方の海岸沿いに領地をもつ男だ。そこからヴェレダの住むオラブ村まで来る際、道中の森を確認してきたから、彼は通行の困難さを理解していた。


「それに道中の領主達は、余所者の通行を認めたがらなかった。関所で止められる可能性がありそうだが」


「ふん、それはジェストランド子爵が『業病持ち』だからじゃないのか?」


 ローラントが罵倒する。「業病持ち」と呼ぶのは相当な侮辱だ。


「君は失礼なことを言うね」


 カミーユの返事は表面上は穏やかだったが、心中にはふつふつと怒りがこみあげていた。そんな彼の心情を顧みずに、ローラントは続ける。


「だってそうだろ? 君の先王は法王庁に攻め込もうとして破門されたじゃないか。

創造主に見放された先王の子に、が降りかかるのは必然さ」


 破門。それはクライツ法王が有する伝家の宝刀。宣告された者は即ち社会的に死んだ者と見做され、権威を失墜させられてしまう。


 ローラントが言ったことは事実だった。カミーユの父は法王庁への侵攻を画策するも事前に察知され、その後の破門宣告により廷臣の離反を招いた。その後、彼の父は法王庁まで出向き、法王の前にひざまずき許しを乞うたのだ。


 その後、カミーユの父は法王から許され、破門は解かれた。しかし、間もなく生まれたカミーユが病に侵されていることが判明する。


 ハンセン病。


 現実世界の中世欧州において隔離政策が採られるなど、患者が不当な扱いを受けた病に、カミーユは罹患りかんしていたのだ。


「そんなの、おかしいです!」


 突如、馬車の中から大きな声が挙がった。ヴェレダの声だ。彼女はローラントの発言に抗議する。


「破門とか、そう言った細かいことは分かりません。だけど、お父様の行いが原因で子が病気になるなんて、私には信じられません。それに……カミーユ様は多分優しいお方だと思います。だって、私の手を優しく取ってくれたのですから」


「でも、あいつは手袋のままであなたに口づけしたんだぜ? 普通、手袋は取るのが常識だってのによ」


 ローラントは、ヴェレダが子爵の肩を持つことが分からなかった。そこで、初めて出会った時に見せた、カミーユの騎士らしからぬ態度を持ち出した。


 それでもヴェレダは、カミーユの味方をする。 


「私に病気を移してはいけないという配慮だったのでしょう。オラブにもカミーユ様と同じ症状を持つ村民はいました。だけど、誰もその人を悪く言ったりはしませんし、仲間はずれにもしません。だって、一緒に暮らしていても悪いことは起こらないのですから」


「しかしね、クライツ教では――」


「もうやめなさい」


 テオドリクスが話を強引に切り上げた。おかげで、ローラントの不満は高まるばかりだった。一方で、


「カミーユ様。気になさらないでください。私はあなたに偏見を持ってはいませんので、どうか元気を出してください」


とヴェレダは、カミーユを気遣う発言をして励ました。それに弟のアルトゥールもうなづく。


「そうさ。気にすんなよ。うちも巫女様の意見に賛成さ」


 陽気なマルグレーテもヴェレダ達に合わせ、カミーユに元気を出すよう促した。


「ありがとう」


 カミーユの顔からは涙が漏れ出ていた。鉄の仮面の隙間を伝って。

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