聖剣

「助けてくれ!」


 乙女一行を護衛する騎士団が南に出発しようとした。まさにその時。


 犬顔の騎士が走ってきて、彼らに保護を求めて来た。テオドリクスはその外見から、その男がフランキアから派遣された騎士団のメンバーと瞬時に判別した。


「う……」


 アルトゥールが顔をそむける。騎士団員の甲冑には、血の飛沫が至る所に見られたからだ。


「事情を説明してくれないか」


「あなたは?」


 騎士団員が兜のバイザーを可動させ、テオドリクスの顔を確認。しかし、彼が何者かは分からなかった様子だ。


「ロンダルギアのテオドリクスだ」


 すると、騎士団員はテオドリクスに対して、嫌悪の目を向けて黙りこくってしまった。両者の間には、何らかのわだかまりがあるように思える。


「何があったの? アルトゥール。どうも血の匂いが濃く感じられるのだけれど」


 鋭い嗅覚で血を感知したヴェレダが、傍らのアルトゥールに話しかける。


「東から血を負傷した騎士様が逃げて来たんだ」


「逃げてなどおらん!」


 アルトゥールの言葉を聞き、くだんの騎士は激昂した。


「フランチア騎士団は、法王猊下げいかの忠実な僕なのだ。敵に背を向けるなど言語同断! それこそ恥さらしというものだ。そこの若造。撤回しろ、今の言葉を!」


 負傷して弱っていたはずの姿はどこへやら。彼は馬車の傍にはべるアルトゥールへと進んでいく。


「な、何をするんですか!?」


「お前、新参者の騎士だな。相当に若いと見える」


「ええ、俺は十八ですから」


「十八!? ほう、お若いこって。で、爵位は?」


「しゃ、爵位は――」


「彼は数日前、男爵の爵位が皇帝陛下から与えられております」


 即座に答えられなかったアルトゥールに代わり、テオドリクスが説明してやった。騎士団員は首を捻る。


「おや、どうして自分の爵位をすぐに答えられないんだ? 騎士たる者、己の爵位を言えないのはあり得んな」


「そう彼を責めないでください。少し前まで鍛冶屋だったのですから」


「鍛冶屋だと!?」


 騎士団員は噴き出した。


「鍛冶屋がご立派な鎖帷子くさりかたびらに身を包んでおられるとは。いやはや、ラティニアも人材不足なのか? 最近はなんて噂も聞いてるが、いやはや、ハインリヒ陛下のお考えはよく分からんな」


 フランチア騎士団員による、アルトゥールへの侮辱は続いていただろう。その場にマルグレーテが居合わせなければ。


「おい、海賊が騎士で何が悪いんだよ? あんたよか勇猛かもしれないじゃねえか」


「うん? 今度は女の騎士か」


「ああ、そうだよ。悪いかよ」


「いや、全然」


 そうは言ったが、騎士団員の顔は誤魔化せていなかった。「女に騎士などあり得ない」という感情が見て取れる。


 そんな彼の態度が、マルグレーテの怒りに火をつけてしまった。


「んだと!」


 マルグレーテは騎士団員に掴みかかると、その背中を己の従者にこれでもかと見せつけた。


「おい、こいつが付けてるプレートアーマーの背中を見てみろよ。一、十、百……ほれ、たくさんのへこみがある。矢傷に違いないね。どうして敵に背中を見せないはずの騎士様に、こんな傷がつくのかねえ? おかしいとは思わねえか」


 主人マルグレーテの発言に、彼女の従者五百人は嘲笑あざわらう仕草で応えた。くだんの団員は、さらなる屈辱を味わわされる。


(従者もみな女だと!)


 団員は危うく剣のさやから抜いて、マルグレーテに斬りかかりそうな勢いだった。だが、そのような暴挙はローラントにより阻止される。


「おい、お前」


「こ、この声、その鎧兜は……ローラント閣下!?」


「何、のこのこ逃げてきてんだよ。たくっ、これじゃ僕の評価も落ちちまうじゃねえか」


 二人の関係性はこうだ。


 フランチア王の主導で派遣された宗教騎士団。王は主従関係にある騎士たちに兵力の供出を命じたのだが、その中にはフランチア王国内部に領地を持つローラントとて例外ではなかった。


 王の甥に当たるローラントは叔父に大きな力添えをした。彼が供出した兵士の数は王国領内の諸侯ではずば抜けて多く、他の諸侯が「ローラント伯爵は、法王の計画に大きな賛同を示している」と口にしたほどだ。


 そんな意気込みで送り出した兵士が、背中を見せて逃げて来た。さすがのローラントも、飄々ひょうひょうとした態度ではいられなかった。


「お許しください。閣下。何せ、敵は……地底の民は奇怪な魔法を使ってきたのです」


「は? 魔法だと。そんなの……」


 そう言うと、ローラントは鞘から自身の剣を引き抜いた。途端にそれは太陽すらかすむほどの光を放ち、アルトゥールらの目を射抜く。そして、


「僕の聖剣の前には無力さ!」


と伯爵は大見得を切って、周囲に言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る