第四章 乙女を守護する騎士団 南へ

針路を南へ

 乙女を守護する騎士団は旅立った。村民の声援を浴びながら。


「ヴェレダ様、アルトゥール様。無事に帰ってきてください」


「ウルピノス様の魂が、あなた方を守ってくださいますように!」


 降臨際の後もあってか、村民はウルピノスの魂が、姉弟きょうだいの旅路を安全なものとしてくれるようにと願った。


「なんだよ、俺たちへの言葉は無しか」


 従者の一人が、隣の同僚に愚痴る。彼はローラントに従う従者で、主人に似て不満を抑えられないようだ。


「全くだ。ローラント様も、ほれ」


 話しかけられた従者が、前方の主人を指差した。ローラントは肩を大きく上下させ、歩幅を大きくして歩いていた。


(テオドリクスの野郎。偉ぶりやがって)


 ローラントが鋭い目を向けていたのは、爵位の関係で一行の指揮を担当することとなったテオドリクスだ。


「さて、目的地に向かうルートの確認をするぞ」


 一行がオラブ村を発ち、数km進んだ地点で、テオドリクスは針路の再確認をした。二千を超える大所帯なうえ、帝国の以東に関しての情報を知らぬ者が大多数だったから、ふとしたことではぐれることは避けたかったのだ。


「ローラント卿、カミーユ卿、マルグレーテ卿。事前に渡した地図を見てくれ」


「へいへい、よろしく」


「了解した」


「あいよー」


 三人の返事を聞いてから、テオドリクスが話し始める。


「我々の最終目的地はダキニア。かつて、ウルピノス帝と地底の民の決戦があったとされる地域だ」


(される、ではありませんよ。テオドリクス様)


 公爵の言葉が疑いようのない真実と確信するヴェレダ。村から一度も出たことのない彼女が、千年も昔の出来事に自信をもって「あった」と断言できる根拠は、一体何なのであろう。


「その際、我々はダキニアの西にあるマジャリアを通らねばならない。当該地域の住民は神聖ラティニア帝国、法王庁に反目を貫いている」


「あと、フランキアもね」


 一言付け加えるローラント。


「ああ、アンリ国王陛下との交流もこばんでいるそうだな」


 テオドリクスの挙げたアンリ――「尊厳王オーギュスト」とあだ名される人物は、ローラントの主君に当たる男だ。彼が治めるフランキア王国は、古代ラティニア帝国滅亡後の混乱に乗じて建国され、今日に至るまで神聖ラティニア帝国の西部に勢力を維持し続けている。


 そして、ローラントはアンリ王第一の家臣を自負していた。なにせ彼はアンリ王のおいであり、王家の血を引いていたのだから。


「ヴェレダさん。困ったことがあったら遠慮なく伝えてくださいね」


「はい、ありがとうございます。テオドリクス様」


 馬車に乗せられているヴェレダが答えた。目の見えない彼女を馬に乗せるのは危険だから、より安全で移動の負担が少ない乗り物として特注の馬車――弓矢などの飛び道具を防御できるように分厚い木材で囲われた車両――が準備されたのだ。


 ただし、その代わりに移動スピードは遅くなるわけだが……。こればかりはどうしようもなかった。彼女に死なれたら目的は達成できなくなってしまうのだから。


(村の外はどんなところなのかしら)


 ヴェレダは楽観的だった。周囲を探る手段に大きな制約のある彼女には、東から迫る脅威への正常な観察は望めない。しかし、馬車の隣にいた弟アルトゥールは違った。


(ずっと向こうにある黒い壁は何だろう?)


 アルトゥールの視界に映った、光さえ吸収してしまうかと思われるほどの黒い障害物。それはポロラミア王国の最東部よりやや先に位置している。時折、そこを通り抜けようとする人らしき物体がちらほら見えるが、彼には詳細が掴めない。


(俺たちはあっちの方角には行かないんだよな。だったら、少し安心かも)


 黒い壁に形容しようのない恐怖を感じていたアルトゥールは、そちらとは別の方角に針路を執ることに安堵するのだった。

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