悪魔の王、入城する
一行は出立した。小さなわだかまりを抱えたままで。
ローラントは、カミーユを周囲の人々が
(ったく、気にくわねえ)
テオドリクスは、そんな伯爵の様子を見逃さない。
「ローラント卿」
「なんだよ」
「少しは大人になりなさい。あなたの領内での評判は色々と聞いているよ」
親が子を諭すように、テオドリクスはそう言うと先を急いだ。彼の背中を見ながら、ローラントは自分の父を思い出す。
「ったく、まるで親父みたいだぜ。あの野郎」
ローラントはやはり公爵への反発からか、その忠告を聞き入れはしなかった。
しかし、この時のローラントは知らなかった。
聖剣を抜いたことで、仲間を危機に陥れてしまったことを。
◇
場所は、ポロラミア王国の首都であるクローコ。
王城に入ってくる角の生えた悪魔の集団。それを見た使用人達は震え上がるばかりだった。
(目を合わせたら殺される!)
「おい」
集団の先頭を、両側を支えられながら進むエイチェル・カンが、女中の一人に声をかけた。
「ひいっ! お、お許しを――」
「私は武器を持たぬ者に手を出さない。後ろの者も同じだ。保証しよう」
そう言って悪魔の王は、背後から歩いてくる部下達を見やる。悪魔の王に
「へ、陛下はこちらでございます」
「ありがとう」
執事を震え上がらせつつ、エイチェル・カンは謁見の間に入室する。奥にポロラミアの王が座っていた。名はヘンリク。「平原の支配者」との異名を持つ彼はだが、「新たな平原の覇者」の登場に心中穏やかではない。
「悪魔の王が、わしに何の用か?」
月型の盾を背負う
「お願いをしに来た」
「お願い……?」
悪魔の王から発せられた丁寧な一言。ヘンリクは二の句が継げないでいた。角を生やした人の紛い物が用いる言葉とは思えなかったからだ。
「難しいことではない。それに貴君にとってもメリットがある」
「わしにもメリットが……申せ」
ヘンリクはとりあえず、悪魔の王の要求を聞いてみることにした。王城に入られた時点で、自分の命は彼に握られたも同じ。それにもし、自分の殺害が目的なら容易に実行できたはず。
ということは、エイチェル・カンは己を生かすことで何か目的を達成するつもりなのだろう、とヘンリクは考えたのだ。
「単刀直入に言おう。貴君の治める領内にいるチオネス族の騎兵を、全て私に授けて頂きたい」
「待ってくれ! それは無理なお願いじゃ。断じて受け入れられん!」
ヘンリクの態度が
チオネス族はポロラミア王国の北方、海に面した地域に居住する部族だ。彼らはヘンリク王に対し、良質な白毛の軍馬と優秀な騎乗兵を提供しており、王はその対価として彼らへの免税を施していた。
税の徴収を免除するほどの利得を、ヘンリクは得ていた。それは王国内に多数いる反対派貴族の討伐。王はその鎮圧にチオネス族の騎兵隊を投入し、反乱を潰してきたのだ。
「チオネス族の騎兵一騎は、神聖ラティニア、フランチアの騎兵百騎分に相当する」
そのような言葉が敵対する両国から出て来る程に、チオネス族は武勇に秀でた人々なのだ。それを手放せば、これまで押さえつけられた国内の貴族が好気と思って、自分を攻めることは明らか。だから、ヘンリク王はそれまでの態度を翻したのだ。
「そうか、それは残念だ」
顔色一つ変えずに、
(い、一か八か。首を取れないか)
ヘンリク王はどうにか隙を見つけて、悪魔の王を暗殺できないかと思った。だが、彼を守る護衛は屈強な者共ばかりで、自分の身の周りに置いた騎士たちで打倒できるかも怪しかった。それにもし打ち損じれば、戦えない者達までも巻き込みかねない。
ヘンリク王は彫像のように固まったまま、しばらく動けずにいた。王城を数十秒の沈黙が包む。人々の息は詰まりそうになり、悪魔達はカンの発言を待った。
やがて、エイチェル・カンが口を開いた。
「ならば、貴君に私の
ヘンリク王の返事は「承諾」だけ。彼は「寛大な悪魔の王」の言葉に逆らう力を持ってはいなかった。
一週間前に起こったフランチア宗教騎士団の全滅。それがヘンリク王から、抗戦の意思を奪い取っていたのだ。
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