消息不明

 ダキニアにおけるラティニア帝国と蛮族の間に行われた戦争、後世「ダキニア戦役」の以後の経過に関する同時代の記録は残されていない。


 一方、ダキニア戦争から数百年後に記された書物には、その後の動きが残されている。以下に該当箇所を抜粋する。


「ラティニア帝国皇帝ウルピノスと、東方から大軍を引き連れた悪魔の王エイチェルは、アヴァリアの地で交渉の席に着いた」


「だが、会談の席で皇帝ウルピノスは好策かんさくに嵌まった。悪魔の王は馬乳酒に毒を盛り、それを皇帝に飲ませて殺害した。その後、エイチェルは皇帝の遺体をはずかしめてからカラスの餌にした」


「最高権力者の死を受けて恐慌状態に陥った帝国の首都ラティニアに、悪魔の軍勢が大挙して押し寄せた。首都警備隊が出動するもまるで相手にならなかった。彼らを粉砕すると、エイチェルはその勢いのまま首都の北方六kmまで接近。野営地を構築すると、首都に使節を送ってきた」


「悪魔の王は要求した。『首都でやりたいことがある。私を入れてもらいたい』と。だが、人々はこれを略奪の口実と判断し、それを退けた」


「悪魔の軍勢は数か月もの間、首都付近から去らなかった。そこで当時、首都ラティニアで信者を増やしていたクライツ教――ラティニア帝国市民が古来からの多神教に対して、クライツ教は一神教であり、当時は迫害の対象とされていた――の最高指導者、後に初代法王とされたアレクサンデルが身の危険を顧みず、悪魔の王の元に足を運び、退去を願い出た」


「エイチェルは初め、アレクサンデルの言葉を一笑に付した。だが、法王から発せられた『聖なる力』を目の当たりにし、慌てて退去を受諾。こうして、ラティニア帝国は滅亡を免れた」


 ここまでは『クライツ教の軌跡』の冒頭に書かれている内容だ。


 さて、今度は『クライツ教 千年の歩み』という書物を紹介する。その中にも、皇帝ウルピノスと悪魔の王エイチェルのその後が描かれている。


「皇帝ウルピノスは、首都を守り通すことができなかっただけでなく、首都を救ったクライツ教への迫害に熱心な男であった。また、彼は周辺の部族に殺戮を行った。彼は世界の、我々クライツ教徒の敵! 皇帝は死後、地獄で永遠の苦しみを受け続けている。それが創造主が下した裁きである」


「悪魔の王エイチェルは、首都から去った後に弟との抗争が起こり、その最中に毒殺されたという。皮肉にも皇帝を殺害したのと同じ、毒入り馬乳酒を口にしたあことによる死であった。なんと哀れな最期か!」


「また、悪魔の王は法王の背後から発せられる神々しい光を間の辺りにした時に『ウルピノスが復活したのか!?』と言ったらしい。愚帝と偉大なる法王を同一視するとは! おそらく、悪魔の王は神聖なる法王を直視できず、意味不明な間違いをしたのであろう。闇に住まう悪魔らしい過ちと言える。彼も創造主の裁きにより、地獄に落とされたままである」



 これらの記述のどこまでが真実なのかは誰にも分からない。だが、これだけは断言できる。


 エイチェルは、死んでなどいなかった。


 彼は千年ぶりの侵攻を開始する。多くの犠牲になった者どもを引き連れて。


 復活した蛮族。混迷を極める世界。ただ祈るしかできない人々。そんな時、世界宗教となっていたクライツ教の法王に三つのお告げが下った。


「世界を救えるのは、神聖ラティニア帝国内にいる異教徒の巫女だけ。彼女を探せ」


「巫女を守るために聖なる武具を使える騎士を五人選び、彼女のお供とせよ」


「目的地はダキニアに面する海の向こう岸。ウルピノスの眠る島。そこにある皇帝の聖遺物を巫女にまとわせろ」


 物語は、ここから大きく動き出す。

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