皇帝vs蛮族の王

 皇帝ウルピノスの心は若返っていた。


 命のやり取りに心を躍らせる。愚かなことかもしれないが、どこか熱さを感じさせる一騎打ちに感慨深さを感じずにはおれなかった。


「逃げるなら今のうちだぞ」


 敗北はあり得ないと信じる蛮族の王エイチェル。彼は片手で槍を演舞のように振り回して挑発する。


「私は逃げないさ」


 ウルピノスは静かに応酬する。一瞬で勝敗が決まるかもしれない勝負。挑発に乗り、冷静さを失うことは死への最短ルートだと彼は知っていたからだ。


「そうかい」


 舌打ちをしてから、エイチェル・カンは槍先を皇帝へと向ける。ウルピノスも同じポーズを取る。両勢力の兵が円陣を組み、二人の勝負の行く末を見守る。重苦しい空気が辺りを包んだ。


 両司令官による一騎打ちが幕を開けた。


 最初は槍による打ち合いで始められた。一合、二合と突きあう回数が増えるにつれ、観衆である兵士たちの声援は大きくなっていく。


「陛下に勝利を!」


「神よ、カン様に勝利をお与えください!」


 また、すれ違いざまの一閃が繰り返されるのに連動して空模様も一変する。雲一つない青空は消え、雲が天空に現れたのだ。戦場は暗くなり、さらに雨も降り注ぎ、戦場は泥濘ぬかるみの状態となる。


 バギンッ!!


 皇帝と蛮族の王が持つ槍が同時に折れた。すると二人は腰の剣を抜き、休むことなく戦闘を継続。どちらかが馬上から落ちるまで終わらないのが、一騎打ちの作法。双方とも闘志が衰えることなく打ち合った。


「ははっ、どうした。脇ががら空きだぜ!」


 カンの一撃がウルピノスの右脇腹へと振り回された時、その一撃は皇帝の胸当てを引き裂いた。幸いにも分厚いリネンで造られた鎧が致命傷を防いだものの、浅い裂傷を付けられたウルピノスは痛みに顔を歪めた。自然、剣を持つ手に入れた力も弱くなる。


(いかん、目が……)


 痛みに加えて、五〇合を超える打ち合いを続けてきたウルピノスだ。極度の緊張が老いた身にはこたえた。呼吸は浅くなり、耳鳴りがし、視界はぼやけてきたのを感じた。体力の限界が近づいてくる。


「陛下! もう十分です。お止めください!」


 ウルピノスを慕う兵士の言葉が聞こえてくる。だが、


「まだだ、まだやれる!」


 一度始めた一騎打ちに、外部の者は口を挟めない。ウルピノスは雨に混ざった己の汗を顔からぬぐうと、蛮族の王エイチェルに突進した。


「もらった!」


 明らかに皇帝ウルピノスの動きは精彩を欠いていた。彼は大振りに剣を振り上げ、エイチェルの兜に振り下ろそうとした。しかし、手に力が入らないためか、その一撃は緩慢になっている。つまり、余裕でかわせる攻撃だったのだ。


 これを見たエイチェル・カンは、皇帝の防御されていない喉に突こうとした。馬のスピードも合わされば、ウルピノスの首は胴から離れるのは確実。勝敗が決した……かに見えた。


 ビシャンッ、ゴロロロロッ!!


 一筋の落雷が落ちた。丁度、二人が打ち合う寸前の時に。それも二人の間にだ。両者の馬のいななきが鳴り響いた。そして、


「おい、言うことを聞け!」


 エイチェル・カンの馬が制御を受け付けなくなる。まばゆい光、臓腑ぞうふにまで伝わる轟音を受けて、平然としている動物はいない。


「なんだよ、ありゃ!?」


 今度は蛮族の兵が騒ぎ出した。エイチェル・カンも何事かと思い、彼らが指差す方を見る。


「嘘……だろ」


 カンは奇跡を目撃した。


 ウルピノスの武具がバチバチと電気を帯びていた。特に彼の持つ剣は今にも雷撃を放つかのように螺旋らせん状の稲妻いなづまを放ち続けており、彼の周囲だけが晴天のように光輝いていたのだ。それだけではない。ウルピノス本人も、兜から垂れさがる頭髪、立派な白い髭から光を発している。


 その姿はまるで雷神。蛮族が恐れをなす神の似姿だった。


「逃げろ、殺されちまう!」


「嫌だ、雷神様に祟られたくねえ!」


 蛮族軍は総崩れとなった。我先にと武器を捨てて戦場から走り去ろうとした。


「くそったれ!」


 あともう少しで勝てたはずのエイチェル・カン。落雷という偶然により、勝機を逸したことを悔しがる。だが、配下の兵を統御できない今となってはどうにもならず、暴れ気味の愛馬を従わせて帝国軍から距離を取ろうとした。


 蛮族軍は帝国軍の攻撃を受ければひとたまりもない状況だった。もし、この機に乗じてウルピノスが追撃を命じれば、蛮族は地上から抹殺されていたであろう。


「陛下、追撃をお命じください」


 軍団長の一人が、皇帝に近づき指示を待った。しかし、返事はなかった。


 皇帝ウルピノスは馬上で気を失っていた。体中に稲妻のようなあざを残したままで。

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