一騎打ち

 一騎打ち。


 乱戦の最中に一騎打ちを申し込んできたエイチェル・カンから、ウルピノスは強い驕りと自惚れを感じた。


(どうする……)


 ウルピノスはどう返事をすべきかと内心で悩んだ。


 そもそも、申し出を受ける必要性はない。味方に命じて彼を包囲すれば、自分の身を危険に晒すリスクも少なくて済むのだから、素直に複数人で攻めかかれば良い。合理的に考えれば、サシの勝負を受けるメリットは皆無。


 だが、この時のウルピノスは己の過去、そして血筋からか、


「いいだろう。その勝負、受けて立つ!」


と宣言していた。


 皇帝ウルピノスは思い出していた。小隊長として、戦地に赴いた時のことを。


 

 三〇年前。若きウルピノス小隊長の姿はアヴァリアという地域にあった。当時、ラティニア帝国はアヴァリアと係争状態にあった。この時は国境付近に配置されていた軍団三個――総兵力一五〇〇〇人が半日で壊滅したという報告を受け、皇帝が急遽軍の再編成を行った後、遠征を決定したのだ。


 その遠征軍の中に、ウルピノスの一隊もいた。


 遠征軍がアヴァリアの戦場に到着した。そこは障害物の少ない平地。隠れる場所もなく、伏兵もおけそうにない場所。


 到着と同時に、敵将が姿を見せた。馬の尾飾りが付けられた兜にラメラ―アーマーを装着した彼は、配下の軍団を背後に置いて、遠征軍に単騎で走り寄って来た。


(一体、何を?)


 ウルピノスを含めた帝国軍兵士が彼の振る舞いを怪訝けげんに思い、と同時に恐れをなした。男の目は狼のように獲物を睨み、口元から覗く鋭い歯が獰猛な肉食獣のように見えていたからだ。


 遠征軍兵士の歪んだ顔を一通り見終えると、敵将は一喝する。


「腰抜けどもが! 俺とタイマンで勝負する気概のある者はいないのか!」


 そう喚くと、右手の槍を振り回しながら威嚇してきた。敵将のおどろおどろしい様に上官たちですら怯えきり、それが兵卒たちに伝播していくのを見た若きウルピノスは、戦列から一歩前に出て言った。


「なら、私が受けて立とう。早く馬に乗れ!」


 敵将は活きのいい獲物が出て来たとばかり馬にまたがると、ウルピノスの準備が終わるのを待つ。静寂が戦場を支配する。ウルピノスは槍を持ち、左手に丸盾を構えると決戦へと進もうとした。


「ウルピノス小隊長」


 そんな彼に近づき、声をかけたのは上官の軍団長だった。


「こんなことは無意味だ。敵将を討ち取っても、後ろに控える連中はどうするつもりだ?」


 そう言って軍団長は、敵将の背後にいる敵兵団の規模をウルピノスに確認させた。敵の兵数はざっとこちらの三倍。そして、我が軍は怯えきっていて全力は出せない。そんな状況での一騎打ちに意味があるのかと。


 ウルピノスは答えた。


「見たところ、敵は武具が統一されておりません。軍団長。私が思うにやつらは寄せ集めで、将への忠誠心など持ち合わせていないでしょう。そんな連中ならば、敵将が討ち取られれば算を乱し逃げ出す可能性が高いかと」


「しかし、何も君が一騎打ちを受けなくても」


「いえ、アヴァリア人は正々堂々の戦い、一騎打ちを神聖視しております。それを相手側が申し出たということは、この戦いが敵将にとっては『神々が見守る戦い』になります。それに我々が勝利したなら、敵は二重の意味で敗れたこととなるでしょう。即ち、敵将が討たれたのみならず、神々に見放されたのだと思わせられます」


 そこまで聞いた後、軍団長はウルピノスの一騎打ちを承諾。兵数では劣っていたし、何より先の戦闘で軍団三個を壊滅に追いやった蛮族が相手なのだ。敵将を討ち取るだけで、自軍が勝利を得られるなら好都合と考えたのだ。


 と同時に、彼はウルピノスが敵の風習にやけに詳しいことに気付いた。


(ウルピノス……確か彼は純ラティニア人ではなかったな。どこの出身だったか)


 軍団長はウルピノスの出自について思案したが、それは同胞たちの歓声により中断される。続いて聞こえてきたのは、遥か向こうに控える蛮族たちの悲痛な叫び。そして、見られたのは彼らが逃げ出す姿。


「小隊長殿が勝った!」


 ウルピノスに従ってきた兵卒たちの歓喜の声が聞かれた。我らが小隊長がたった一合――つまり一回の剣戟で敵将を討ち取り、その首を持ち帰って来たのだ。彼の強さに、別部隊の同胞もウルピノスを祝福で迎えた。


「軍団長。これでアヴァリア攻略は楽になりましょう」


「あ、ああ。よくやった。ご苦労」


 そう言って軍団長はウルピノスを下がらせた。



 この一戦が戦局を帝国軍有利にした。


 アヴァリア人は「聖戦」に敗れたと思い込み、帝国軍との戦いを避けるようになった。これによりラティニア帝国は数か月の時を費やしてアヴァリア全域を制覇。属州とすることに成功したのだった。


 やがて、軍団長は作戦終了後に首都ラティニへと帰還すると、兵士の登録簿を確認。ウルピノスについての情報を調べてみて、なぜ彼がアヴァリア人について詳しかったのかが分かった。


 ウルピノスは純ラティニア人ではなく、蛮族であるアヴァリア人とダキニア人の子だったのだ。

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