一騎打ち
乱戦中に一騎打ちを申し込んできたエイチェル・カンに、ウルピノスは驕りと自惚れを感じる。
(どうする)
ウルピノスは悩む。
申し出を受ける必要性はなかった。
味方に命じて彼を包囲すれば、自分の身を危険に晒すリスクも少なくて済む。
合理的に考えれば、サシの勝負を受けるメリットは皆無。
だが、この時のウルピノスは無意識にこう宣言していた。
「いいだろう。受けて立つ!」
この決断には、彼の過去が影響していたのかもしれない。
◇
三十年前。
アヴァリアという地域に、若きウルピノス小隊長の姿があった。
当時、ラティニア帝国はアヴァリアとの開戦に踏み切っていた。
きっかけは国境付近に配置されていた、総勢一万五千人の軍団の壊滅。
報告を受けた皇帝は軍の再編成を指示。議会にて遠征を宣言した。
「行軍やめ!」
指揮官の下知で、乱れなく帝国軍の兵士たちは足を止める。
戦場は障害物の少ない平地で、伏兵もおけそうにない場所。
到着と同時に、敵将が姿を見せた。
馬の尾飾りが付けられた兜に
配下の軍団を背後に置いたまま、彼は遠征軍に単騎で走り寄る。
(何を?)
帝国軍兵士たちが
「俺とサシで勝負する奴はいないのか!」
と敵将は喚き、右手の槍を振り回しながら威嚇する。
敵将の雄々しさに上官たちも怯えきり、さらに兵卒たちへと伝播していく。
ウルピノスは、戦列から一歩前に出て言った。
「なら、私が受けて立つ!」
右手に槍を持ち、左手に丸盾を構えると、ウルピノスは進み出た。
微塵も動揺を見せずに。
「ウルピノス小隊長」
軍団長が声をかけた。
「こんなことは無意味だ。敵将を討ち取っても、後ろの連中はどうするんだ?」
軍団長が、敵将の背後にいる敵兵団の規模をウルピノスに確認させる。
敵の兵数はこちらの三倍。加えて、我が軍は怯えきっていている。
そんな状況での一騎打ちに何の意味があるのか、と彼は問うたのだ。
ウルピノスがこう答えた。
「軍団長。敵は武具が統一されておりません。奴らは寄せ集めでしょう。将への忠誠心は持ち合わせていない。そんな連中ならば、敵将が討ち取られれば算を乱し逃げ出す可能性が高いかと」
「しかしだね――」
「アヴァリア人は正々堂々の戦い、一騎打ちを神聖視しています。それを相手側が申し出たということは、この戦いが敵将にとっては『神々が見守る戦い』になります。それに我々が勝利したなら、敵は二重の意味で敗れたこととなる。即ち、敵将が討たれたのみならず、神々にも見放されたのと思うはずです」
「なるほど、分かった。だが、必ず勝って戻ってこい」
軍団長は一騎打ちを承諾した。
兵数では劣っていたし、何より相手は先の戦闘で大軍団を壊滅に追いやった連中。
敵将を討ち取るだけで、自軍が勝利を得られるなら好都合と考えたのだ。
と同時に、彼はウルピノスが敵の風習にやけに詳しいことに気付く。
(あいつは純ラティニア人ではなかったな。どこの出身だったか)
軍団長はウルピノスの出自について思案しているうちに、同胞が歓声を挙げていた。続いて、遥か向こうから悲痛な叫びが聞かれた。
「小隊長殿が勝った!」
ウルピノスが小隊長が一合――たった一回の剣戟で敵将を討ち取り、その首を持ち帰って来ると、仲間たちが温かく出迎えた。
「軍団長。これでアヴァリア攻略は楽になりましょう」
「ああ。よくやった。ご苦労」
軍団長はウルピノスを下がらせるのだった。
◇
この一戦が戦局を帝国軍有利にした。
アヴァリア人は「聖戦」に敗れたと思い込み、帝国軍との戦いを避けるようになった。その後、帝国は数か月をかけてアヴァリア全域を制覇。属州とすることに成功する。
やがて、軍団長は作戦終了後に首都ラティニへと帰還すると、兵士の登録簿を確認。ウルピノスに関する情報を調べているうちに、彼がアヴァリア人に詳しい理由がが分かった。
ウルピノスは純ラティニア人ではなく、蛮族であるアヴァリア人とダキニア人の子だったのだ。
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