総大将の顔合わせ

 戦場には緑の草木が生い茂っていた。それをほんの一時間で両軍の死体が覆い隠した。鳥のさえずりも鳴りを潜め、代わりに男たちの声が至るところで聞かれた。


「うわっ!」


 蛮族の兵士が、帝国軍の兵士に馬乗りとなり、彼の胸目掛けて剣を突き刺そうとした。帝国兵はそれを阻止しようと、敵の顔面を殴りつける。


「てめえ!」


 怒りに任せて、蛮族兵は右手に持つ剣を振り上げた。相手の口を狙い、剣を振り下ろそうとした。


 ザシュッ!


 だが、剣は振り下ろされなかった。蛮族兵の右手首が空中に吹き飛び、それに続いて呻き声が帝国軍兵士の耳に届いた。


「大丈夫か」


「陛下……ありがとうございます」


 力なく返事をする帝国軍の兵士。彼はウルピノスの助太刀がなければ死んでいた。命を救ってくれた最高司令官に感謝を述べたかったが、声がかすれて上手く話せなかった。


「礼はいい。隊長の元へ戻れ。戦列からはぐれているぞ」


 ウルピノスはそう言って、助けた兵士に軍旗――部隊の番号が書かれたそれの元に集合し、戦闘を続行せよと指示した。兵はそれに従った。


(いかん、戦列が滅茶苦茶だ)


 歩兵の密集隊列を整える必要があると、ウルピノスは判断した。激戦が続いたために、各部隊がバラバラに動いている箇所が散見された。このままでは、敵に押し切られる可能性があった。


 ウルピノスは迅速に行動した。彼は皇帝のみ着用が許されている紫のマントを大きくひるがえしながら、


「各隊、軍旗の下に集まれ。最高司令官の命令だ!」


と声を張り上げた。


 混乱の極みにあった戦場で、彼が執った行動は危険だった。赤いマントを身に付けている帝国軍兵士の群れの中で、一際目立つマントの男が号令を発したのだ。これでは、敵に「自分が総大将」と教えているようなもの。


 そして、ウルピノスを狩ろうと蛮族の騎兵が近づいてきた。


「陛下!!」


 敵騎兵はウルピノスに槍の矛先を向けていた。だが、味方に指示を出すのに夢中となっていた皇帝はそれに気づかない。最高司令官に危険を知らせようと、帝国の軍団長が大声で警告したのだ。


「邪魔だ」


 それを聞いた敵騎兵は、ウルピノスではなく軍団長の方へと槍を放った。数秒の間を置いて槍は目標の胴体を貫き、瞬時に命を奪い取った。


「何?」


 槍が兜の頬当てをかすり、後方の軍団長に命中するのを見たウルピノス。それをおかしいと思った。


 槍の投擲は概ね射程が三〇m。だが、投擲したと思しき騎兵の槍は優に五〇mを超える距離を進み、しかも寸分の狂いもなく軍団長の心臓に着弾している。それだけの腕前があれば、彼の近くにいた自分を簡単に仕留められたはず。だが、相手はそれをしなかった。どうして?


「お前が総大将か」


 軍団長を仕留めた敵騎兵は、ウルピノスへと馬首を向けて言った。


「どうして自分に槍を投げなかった、と思っているのだろう?」


「ああ、そうだ。なぜだ?」


「それはな――」


 敵騎兵は己の得物えものである真っすぐな両刃の剣を抜き、皇帝に申し込んだ。


「お前との一騎打ちを所望しているからさ。私は強い指導者と戦うのが好きでね」


 絶対的な自信を見せる男。名はエイチェル・カン。蛮族を率いる総大将だった。

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