皇帝の出陣
「退くな。戦え!」
村を発ち数日。皇帝ウルピノスの姿はダキニアにあった。彼を筆頭に帝国軍――世界の大半を支配するラティニア帝国の精鋭たちは勇敢に立ち向かった。
「帝国に勝利を!!」
帝国軍の兵士たちが
「カン様のために!!」
対する蛮族たちは「カン」という称号を持つ人物のために戦っていた。その表情には恐怖が滲んでいる。
「陛下。危険です」
敵軍の勢いが衰えないのを見たウルピノスは、後方の天幕にじっとしていられず、自ら軍馬に跨り出陣しようとする。それを幕僚が制止した。
「陛下、陣頭指揮は各軍団長にお任せを。彼らは優秀です。決して蛮族相手に引けは取りません」
「お前は本気で言っているのか」
ウルピノスは冷静な分析を基に、幕僚長に詰め寄る。皇帝には分かっていた。戦線をつぶさに観察してきた彼には、戦闘において何が勝敗を決するかを。
「私が前線に赴けば、軍の士気が一層上がるというものだ。これは合理的な話ではない。だが、事実だ」
皇帝は思い出した。かつて自分が一兵卒から身を起こし、本来なら皇位に就けない立場にもかかわらず、帝国の最高指導者に就任するまでの人生を。
様々な苦難が思いだされた。
敵に包囲されて絶望の余り自決しようとした仲間を励まし、どうにか戦域から陣営まで逃げ延びたこと。
昇進して得意げになった自分の指揮する部隊が戦闘で武勇を奮い、上官から表彰されるも、多数の部下を失ったためにそれを素直に喜べなかったこと。
そして、先帝の崩御に伴う帝国の混乱を抑えるために、元老院が自分を皇帝として擁立したこと。その後の統治の困難さは、軍の
だが、自分は耐えた。それは紛れもない事実。自分を支えたのは純粋な思い。祖国のため、愛する者たちのために。そして、自分を頼りにして逃れてきた異民族のために自らの命を捧げるという固い決意だ。
(戦場で散るのが運命だというのならば、私はそれを受け入れよう)
「君主たるもの、人々の模範とならねばならんのだ!」
そう告げると同時に、彼は陣営を飛び出し、戦場へと突入していった。右手に長槍、左手には首から吊り下げられた丸盾を装備し、腰帯に剣を
「陛下が!」
「陛下が直々にご出陣だ。陛下をお守りしろ!」
最高司令官の登場に、軍団指揮官たちは口々に彼の警護を命令する。皇帝の死は士気の低下を招くからだ。
「護衛はいらない。攻めかかれ。蛮族をダキニアから追い払え!」
言うが早いか、ウルピノスは騎兵隊と連携して敵騎兵隊に突撃。白のリネン製胸当てが真っ赤に染まり、兜には倒した敵の血がとめどなく降り注ぐ。その姿が味方を鼓舞する。一方、敵には恐慌を生じさせる。
「化け物か!」
「逃げろっ、殺されちまう!」
帝国軍に背を向け、敗走に転じる蛮族たち。しかし、彼らは自らの総大将が戦場に姿を見せたのを確認すると、怯えたまま動けなくなった。
「誰が逃げていいと言った?」
切れ長の目から発せられる冷たい視線に射られた者共はがくがくと震え、その場を動けなくなる。まるで体から力を抜かれたように。
その内の一人に、蛮族の総大将は目を向ける。やおら腰を
「逃亡は死あるのみ」
逃亡兵の喉を切り裂いた。傷口から溢れ出る血潮。ドスンと響く音。目を見開き、息絶えた兵の苦渋に満ちた顔。その様子を見て、どうにか立ち上がろうとする蛮族兵たち。
「突き進め」
単純な号令が伝えられると、蛮族たちは帝国軍へと攻めかかった。その変わりようを見たウルピノスは悟った。
敵の総司令官が戦場に赴いたのだと。
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