別れ
「陛下。出立の準備を」
「すまない。だが、もう数分だけ、ここの空気を吸わせてくれ」
近衛兵に申し訳なさを感じながらも、ウルピノスは動けないでいた。
木材、編み壁、
ウルピノスは出ていきたくなかった。
二度とこの地を踏むことができない気がしたから。
だが、彼は行かなければならない。
東から押し寄せる、狂暴な蛮族を撃退するために。
「陛下!」
嘆願の声が、皇帝の足をさらに重くする。
振り向いて、それに応えたい。
でも、振り向いてはならない。
今すぐ馬に拍車をかけて、ここを離れなければ。
ウルピノスはそうと分かっていても動けない。
聞いていたかったのだ。
特別な思いを寄せる異性の声を。
ここに留まれば、ずっと聞いていられる。
死が二人を分かつまで、皇帝は彼女と語らいたかった。
「陛下。ご決断を」
村を発つきっかけを近衛兵がつくってくれた。
迷ってはいられない。
ウルピノスは鉄兜を被り、白のリネン製鎧に身を包むと村の郊外に進んだ。
彼は居並ぶ兵士たちの前に騎乗姿で立った。
「我々はこれから未知の蛮族に戦いを挑む。一兵たりとも生かして帰すな! 我々が敗れれば待つのは世界の破滅。決して退いてはならない」
一呼吸おいて、ウルピノスは最も強調したい事を、魂をこめて述べた。
「強大な敵を前にして、心が
もしそうなったら思い出せ。我々が守りたいものは祖国だ。それでも駄目なら、父、母、息子、娘、祖父母、友人、恋人……愛する者の顔を思い浮かべろ!」
村の郊外に轟く「おう!」という野太い男の合唱。
進撃の合図とともに、十万の武装集団は東に進んでいく。
(すまない。君の言葉は決意を鈍らせるのだ)
ウルピノスは背後の叫び声に反応しなかった。
いや、できなかった。してはならなかった。
馬に拍車をかけると、皇帝ウルピノスは軍の先頭へと走った。
風は向きを変え、今度は西に吹きつけた。
ウルピノスの涙が、後ろで立ち尽くす女性の頬にぴしゃりと当たる。
一人にされたと感じたのか、彼女は涙が枯れるまで
これが二人にとって、しばしの別れとなるのだった。
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