当てが外れる

 騎士団は今や、狼の群れから逃れる羊になった。猛獣の牙にかかるまいと馬に拍車をかけ、どうにか西の城へと避難を図る。


「今のうちだ! 逃げろ!」


 二度目の火炎攻撃はなかった。弾丸が尽きたのか。それとも……。しかし、今の彼らに思いを巡らしている暇などない。とにかく生きたい。死にたくはない。その一心だったのだから。


 騎士団長コンラートも馬首をめぐらせて西へと進んだ。彼は撤退の際に、自軍の現有戦力が騎士二〇〇程度で、対する敵軍はこちらの十倍はいるだろうと推測していた。


 戦力差が絶望的であること、敵が全て騎兵であること、そして戦場が平野で敵を遮る障害がないこと等を考慮した結果、コンラートも抵抗を諦め籠城を決意したのだ。しかし……。


「ラティニアの皇帝は、果たして我々に援軍を送ってくれるのだろうか。いやしかし、救援がなければ抗いようもない。くそっ」


 騎士団とラティニア皇帝ハインリヒには確執があった。それを理解するためには、騎士団の派遣を決めた法王庁と神聖ラティニア帝国の関係を詳述せねばならない。


 そもそもの話、騎士団による東方への布教活動に皇帝は反対だった。彼は敬虔なクライツ教徒ではあったが、強引な改宗には断固反対の立場を執っていたからだ。


「創造主様は博愛をお唱えなさった。だから、異教徒であっても対等に接するのが道理というもの。そうすれば我々に憎しみを抱かず、自然とクライツ教の信者も増えていく」


 ハインリヒは常々廷臣にこう語っていた。そんな彼だからこそ、オラブ村の村民にも差別意識を持たずに接することができたのだ。


 だが、クライツ教が支配的な地位を占める世界においては、ハインリヒのような人物の方が例外となる。特に騎士団員は彼を「理想論者」と断じた。


「創造主様はただ一人。あのお方以外の神など地上から滅せねばならぬ。それが創造主様の御意思である!」


 両者に妥協の余地はなかった。とはいえ法王庁の命令に逆らうわけにはいかなかった皇帝ハインリヒは、消極的な協力を示した。


「我が帝国の西にあるフランチア王国から騎士団が出発し、我が領内を通るのは許可する。ただし、我が帝国の騎士団は合流させない」


 皇帝は西側から来る騎士団の通行許可を与えただけで済ませたのだ。それを受けたコンラート率いる騎士団が東進してきた、というのがここまでの経緯だった。


 ということは、コンラートを含めた騎士団はラティニア人ではないことが分かる。フランチアという国から送り出された連中だ。さて、フランチアとはどのような国であるか語りたいが、今はそのような時ではない。


 しかるべき時期に、その詳細を語ろう。話は逃走に成功した騎士団員に戻る。


「ああ、助かったぜ!」


 城内に逃げ延びた騎士団員が、一様に肩で息をしている。馬も同様にへたばっていた。共に動けそうになかった。


「団長、食料の備蓄は十分です」


「それは幸いだな。略奪しておいた甲斐があったというものだ」


 コンラートはポロラミア住民の耕地から奪った作物の山を見つつ、即座に城が落ちることはないだろうと高を括った。帝国からの援軍は期待できないまでも、フランチアには伝令を送っておいたから、いずれは加勢に来てくれるはずだと。


 数カ月は持ちこたえられるだろうと、コンラートは思っていた。しかし、彼には計算違いがあった。


「団長! 梯子が!」


 それは敵が人命など一切考慮しない、正真正銘の「悪魔」だったということだ。

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