東方植民

 神聖ラティニア帝国の東方にある国。名はポロラミア。広大な平原を有することから「平原の国」とあだ名された地に、竜巻のような混乱が生じていた。


「改宗か、死か」


 鋼の男たちが異口同音に叫ぶ言葉。その後に続くのは剣が振り下ろされ、首が落とされる音。それに気が動転し逃げ惑う民を、馬上から追いかける騎士の群れ。


「異教徒に死を!」


 犬顔の騎士――法王の尖兵せんぺいは、帝国の東方で「正義」に従事していた。正しいと信じて疑わない彼らを止める術などない。あるとしたら、それは人智を超えた力ぐらいのものだ。


 それこそ、神か悪魔の裁きぐらいのものだろう。


 ズガンッ!!


「うああっ……」


 断末魔の悲鳴。それまでの数十分で何度も聞かされた異教徒のもの……ではなかった。鋼が響かせる地響きがそれを証明した。非武装の民間人ならば、金属音と共に倒れることはあり得ない。


「おい、何が起こってやがる!?」


 団員たちに動揺が走った。民間人が戦闘訓練を積んだ自分たちに勝てるはずがない。ましてや自分たちは正義の軍団。どんな勢力も敵にさえならないはずだと。


 だが、彼らの傲慢ごうまんはガラスのように砕かれた。地響きの震源地には、寸分の狂いもなく心臓を打ち抜かれた騎士の死体――鎖帷子くさりかたびらを突き破り、背中にまでやじりが貫通していた――があった。


「隊長!」


 一撃でほふられたのは騎士団の士官。血の海に横たわる亡骸からは臓物のが飛び出し、血の海に混じっている。それを目にした者は嘔吐おうとした。クロスボウで射抜かれてもこうはなるまいと思うほどに、肉体の損壊はひどかったのだ。


 オーウーッ、オオーウー、オウーー!!


 恐怖のどん底に落とされた団員らに、耳をつんざく音が飛び込んで来る。それはポロラミアの東方にある山脈から、やまびこのように反響してきた。その音色は楽器を適当に打ち合わせた不協和音のように、彼らには感じられた。


「ああっ!!」


 音の後に間髪入れず、次に空が真っ黒に染まりあがる。時は正午過ぎで、太陽が空に輝く時間帯。澄んだ青が支配する時間だ。それがほんの数秒で一変した。


「なんだよ、あれ……」


 いかに屈強な騎士の集団でも、心がくじけてしまえばどうしようもなかった。三十kgを超える甲冑を装着する彼らの足には力が入らなくなっていた。


 そして、「死の雨」が降り注いだ。


 バンッ、バンッ、ブシャア!!


「あぁ、熱い!」


「誰か消してくれ!」


 空を覆った黒い物体は空中で炸裂し、真っ赤な炎を放って団員を襲う。鋼の鎧さえも溶かすほどの灼熱に見舞われた団員の最期の叫びは、その場にいた騎士団長をも怯えさせる。


「なんということだ」


 言葉を失った騎士団長。名はコンラート。彼は法王インノケンチィオの命を受け、ポロラミアでの布教に邁進まいしんしていた。だが予期せぬ攻撃に、


「城に撤退せよ!」


 即座に、生き残りの騎士団員に城へ戻るよう指示を出していた。


「団長、あれを!」


 団員の一人が東の彼方かなたを指差した。そちらに目をむけるコンラート。目に入ったのは……。


「エイチェル……カン……」


 東の山脈に無数の雷鳴が轟き、どんよりとした空にちらちらと見える輪郭。大きな二本の角が左右のこめかみから生えているそれは、間違いなく人外の生物。人のまがい物。


「攻めろ、滅ぼせ。奴らに死を!」


 そして、騎士団の前方にある平原から、角を生やした悪魔の軍勢数千騎が迫る。

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