叙勲式
オラブ村の中央広場は、叙勲式の会場に改められた。村民や騎士の従者たちが集まった。新たな騎士の誕生に立ち会うために。
人々が円陣をつくり、中央にはヴェレダとアルトゥールがいた。姉はマルグレーテとカミーユに支えられながら、右手に剣――アルトゥールが鍛錬したものを持たされた。弟のアルトゥールは姉の前に
「あの、この後はどうすれば?」
「安心して。うちらがうまくやるからさ」
「ご安心を」
マルグレーテとカミーユに右手を任せるヴェレダ。すると、彼女の手は少しずつ降りていき、こつんと何かに触れた感触があった。
(この息遣いはアルトゥールね。ごめんなさい。巻き込むようなことをしちゃって)
ヴェレダは村の外について全く知らない。村の外に住む人々に関してもだ。
未知の世界に旅立つ運命を課せられた巫女は、心細さを紛らわせられる存在が欲しかった。そこで皇帝に無理を言って、弟の同行を許可してもらったのだ。
(姉さん。俺、頑張るよ)
鍛冶場でかくのとは違う汗が、一八歳の青年の肌から吹き出ていた。張り詰めた緊張。厳かな雰囲気。そして、これから行われる宣言を前にして、アルトゥールの心臓ははちきれんばかりに脈打った。
「
テオドリクスがアルトゥールに尋ねる。答えを待つ人々。
「誓います」
アルトゥールの返事があった。それを受けて、テオドリクスは続ける。
「汝、如何なる時も敵に背を向けることなく、果敢に立ち向かうことを誓うか」
「ち、誓います」
少しぎこちない返事があった。テオドリクスが最後に尋ねた。騎士として最も大切で、破ってはならない問いを。
「汝、愛する者のためならば、命に代えてでもその者を守り通すと誓うか」
十秒の沈黙。村の空気は重くなり、アルトゥールに幾千もの視線が向けられる。十八歳の若い青年が、これほどの注目を浴びたことはかつてなかった。
(姉さんも儀式で舞う時は、やっぱりこんな感じだったのかな?)
年に一度の儀式で、姉は百を超える人々の注目を浴びていた。彼女は目が見えないから、緊張の伴う目線が槍のように突き刺さるのも気にならなかったのかもしれない。だが、今のアルトゥールは違う。黒い
汗が滝のように流れた。このまま倒れてしまうのではないかと、青年は思えてきた。逃げてしまいたい。遥か昔の「あの時」のように。
(いや、俺はもう逃げない!)
小さく一呼吸をするアルトゥール。そして、声高に宣言した。
「誓います!」
青年の返事を聞いたテオドリクスは、居並ぶ参列者を意識しつつ言った。
「よろしい。では、貴君を騎士と認めよう。お集りの方々は
「「「異議なし!」」」
従者達も青年に負けじと大きな声で賛意を示した。
ここに初めて、オラブ村出身の騎士が誕生したのだった。
「へいへい、精々頑張って」
心のこもっていない一言を添えたのは、村の外縁でぶつぶつ言っていたローラント。彼もどうやら叙勲式に加わりたかったようで、途中からしれっと円陣の中に紛れ込んでいた。
(まあ、僕はあの人しか守らないけどね)
ローラントの目は、剣を肩に置かれた新たな騎士にではなく、剣を握る白肌の乙女にのみ注がれていた。
◇
世界は盲目の巫女ヴェレダとその守護者に託された。これから一行は、東から迫る脅威――地底の民の侵攻に晒されながら、神託の通りに目的地へと向かうことになる。
目的地の名はダキニア。神聖ラティニア帝国の南東、マジャリアの東に位置する、異教徒かつ蛮族の住まう領域。そして、ウルピノス帝と縁のある場所。
(陛下。あなたのもとに赴くこととなりました。私は、あなたの魂がそこに眠っていると信じています)
ヴェレダは心中で、愛しの皇帝に出会えるだろうことを疑わなかった。いや、正確にはこうだった。
オラブ村の巫女に千年も居を構え続けた魂が、朽ち果てたはずの皇帝の魂を求めている。それこそが彼女の生きる意味だったのだから。
不思議な力を持ち、千年前に生きていたかのように振る舞う謎の女性、ヴェレダ。
果たして、彼女とは一体何者であろうか……。
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