噂の真相

 魂の降臨際が終了した。


「姉さん、お疲れ様」


「ありがとう。アルトゥール」


 目の見えぬ姉のために、アルトゥールが進み出る。そして、彼の手に自らが作成した鉄剣――午前中に鍛冶場でこしらえたそれが手渡された。


「村の守り手として、今年も頼んだわよ」


「もちろんだよ、姉さん。仕来りなんだから」


 オラブ村では、巫女に鉄剣を授けた者が一年間の村の守備隊長としての責務を負うことになっていた。これはウルピノス皇帝の存命時から、連綿と続けられてきたものだ。


「素晴らしい」


 そんな二人の間に、皇帝ハインリヒが割って入る。それを見たアルトゥールは納得しかねた様子。


「陛下はクライツ教徒とお聞きしました。無礼を承知でお尋ねしますが、陛下に、異教徒の集団である私たちの伝統がご理解頂けるのか――」


「ちょっと、アルトゥール!」


「いえ、いいのですよ。ヴェレダさん。私も枢機卿殿とそう立場は変わりません。ですから、弟さんが私に疑念をもっても不思議ではありませんよ」


 盲目のヴェレダには、皇帝の顔を窺うことができない。だが、彼の口調から怒ってはいないと察することはできた。


「陛下。ところで、私に何か御用があるとのことでしたが、それは文字を読むことだけなのでしょうか? 私には、陛下がそのためだけにわざわざ村を訪れたとは思えないのです」


 ヴェレダの発言は真っ当だ。国の最高指導者が青銅板の解読をさせるためだけに来たとは考えにくい。ましてや、盲目の巫女にそれをさせたのだ。おそらく神秘的な力が本物か試した後で、本題に入るつもりだろうとヴェレダは推測していた。


 彼女の予測は当たっていた。遂に皇帝ハインリヒが本題に入る。


「端的にお話します。世界を救う旅に出てほしいのです。であり、皇帝を祀る巫女のあなたに」


 そばで聞いていたアルトゥールは、姉の話相手が皇帝であることも忘れて言った。


「陛下、無茶です! 姉さんは目が見えないんです。それでどうやって、旅をしろと言うのですか」


「アルトゥール君。落ち着きなさい。まずは、私の言葉を最後まで聞いてくれないか」


 弟の心配は当然であり、それを皇帝ハインリヒも無碍むげに否定はしなかった。そこで彼は、巫女とその弟に仔細しさいを語って聞かせた。


「ラティニア法王猊下げいかにお告げが下されたのだ。『異教徒の巫女が東に向かうことで、世界は地底の民から救われん』と。そこで領内を隈なく調べてみたら、ヴェレダさんだけが該当したというわけだ」


 確かにヴェレダはクライツ教徒ではない。また、皇帝の言葉に嘘はない。事実、神聖ラティニア帝国領内でクライツ教に入信していないのは、オラブ村のみだったのだから。


「陛下、ですが……東に何があるのですか?」


「聖遺物――皇帝の遺品があるそうだ」


「本当ですか!?」


 ウルピノス皇帝の遺品と聞いて、またも気分が高揚気味になるヴェレダ。それを見たハインリヒがこんな質問をする。


「ヴェレダさん。あなたの噂は聞き及んでいますが、本当に――」


「ええ、そうです」


 ヴェレダは静かに、真実を告げた。


「私は千年間、ウルピノス様の御帰還を待ち続けているのです。、ずっと……」

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