文書の解読
「枢機卿殿。おやめください」
皇帝ハインリヒが、ヴェレダに掴み掛かった枢機卿を
「ヴェレダさん、ですね」
「はい、そうです。あの、先ほどのお方は――」
「ご安心を。もう暴力を振るわれることはありません」
ハインリヒの言葉を聞き、大きく息を吐くヴェレダ。強い恐怖を感じていたのだろう。肩で息をしている。実際、彼女に触れてあれこれ言った時の枢機卿の顔は、悪魔のようになっていた。盲目のヴェレダには見えていなかったが、それを見ずに済んだだけマシというものだ。
「それで、あなたに用事というのはですね」
ハインリヒは、上着のポケットから割れ物を扱うような手付きで数枚の輝く板を取り出した。それらは全て青銅製で、
「これを読んでほしいのです」
彼はそれらを一枚づつ、ヴェレダの眼前に示してみせた。
その様子を二人の近くにいた村民たちも、固唾を呑んで見守っていた。まさか、巫女様にそのようなことができる訳がない。皇帝陛下は何を無茶な事を仰るのか。
……とは、村民の誰一人も思ってはいなかった。なぜか。
それは、オラブ村の巫女には目で見えないものが、目視できないものを見取る力が付与されている事実を知っているからだ。
「紀元二百年。ラティニア帝国の皇帝……」
ヴェレダが青銅板文書の解読を始めた。そこには紀元――ラティニア帝国の建国から二百年目に起こった事象が書かれていた。
「ウルピノスが……
読み進めていくヴェレダの顔は曇りを見せ、唇はプルプルと小刻みに震えていく。その内容を受け入れられないようだった。
「『地底の民』を束ねるエイチェル・カンの軍勢に、ウルピノス皇帝率いる十万の大軍は応戦するも敗れ……、皇帝は死に……帝国の首都ラティニアへの侵攻を許した!? 嘘です! こんなの!」
青銅板の全てを読み終えると、オラブ村の巫女は錯乱し、青銅板の内容を否定しようとした。村民も同じ気持ちだった。
オラブ村は皇帝ウルピノスの故郷であり、村民は彼を「悪魔から世界を救った英雄」と信じてきたのだ。そんな男が、青銅板――古代ラティニアの公式文書の中で否定的に描かれている。今までのイメージとは違うことを聞かされ、良い気持ちになどなれない。
「良く分かっただろう? 異教の巫女よ。これが真実だ」
ヴェレダの文書解読を終えると共に、枢機卿は得意げな顔をして彼女を痛烈に
「だから、大帝――お前らの村ではそう呼称されているらしい男は、今や創造主のお裁きにより、地獄で永遠の責め苦に苛まれているわけだ。お分かりか――」
枢機卿がそこまで言って村民らを煽り立てていると、彼目掛けて
「なにをする!?」
それをどうにか
「貴様らぁ!」
枢機卿の大声が、村の入り口付近に留め置かれた犬顔の騎士たちの耳に入る。彼らは護衛目標が危機に陥ったと判断し、村の中央へと大股で走り出した。
もし、彼らが何の制止も受けずにいれば、そのまま剣を抜き、村民に振り下ろしていただろう。皇帝ハインリヒが阻止しなければ。
「止めないか! 騎士たちよ。村民への攻撃を控えてくれ。これは神聖ラティニア皇帝としての命令だ」
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