オラブ村

 カンッカンッカンッ。


 鉄を金槌かなづちで打つ小気味よい音が響き渡る。


「おはよう。アルトゥール」


「おはようございます。村長様」


 アルトゥールという名の一八歳の青年は、村長に声をかけられると仕事の手を休め、挨拶あいさつ会釈えしゃくをした。


「良い音色を響かせているね」


「ありがとうございます。でも、迷惑じゃありませんか? 早朝から鍛冶作業なんて」


 太陽はまだ東に顔を覗かせたばかり。朝から金属を叩く甲高い音を立てれば、安眠を妨げるのではないか。アルトゥールはそれを心配したようだ。


「気にしなくてもよい。急な仕事を頼んだのはワシだからね。何か苦情を言われたら、わしせいにしてよろしい」


「ですが……」


「ほら、手を休めている暇はないぞ。正午の儀式までそう時間は残されておらんからな」


「はい! 申し訳ありません」


 村長が鍛冶場を去ると、アルトゥールは中断していた作業を再開した。


 ガツンッ。カンカン。


 踊りのリズムを刻むように、か弱い女性を扱うように、アルトゥールは鉄をつるぎの形へと加工していく。延べ棒だった鉄の姿はどこにもなく、金床かなどこの上には精工な作りの長剣が出来上がっていた。


「ふう。今年のは、今までで最高の出来だ」


 アルトゥールは一五歳で父の家業を継ぎ、三年が過ぎていた。父の引退とともに、彼が村の鍛冶全般を請け負うようになっていった。


 すきや斧、牛に牽引させるすきの修理。及び狩りで使うやじりや槍の穂先の製造等々。


 アルトゥールは村民の生活に欠かせぬ立派な仕事をしていた。


 そんな彼を含め、一五〇人程が暮らすのはオラブという名の村。


 四方には人の背丈を超える無数の木々。松、かし、ブナが人々の住まいを見下ろし、付近には清らかな泉が流れる神秘的な空気を漂わせる。それがオラブ村だった。


「さて、あとは仕上げを――」


「突然の訪問、申し訳ございません。少しよろしいですかな」


 アルトゥールは、予期せぬ来訪者に話しかけられた。


 長い茶色のローブに上から襟付きのマントを羽織った男。アルトゥールには彼が聖職者であり、まただと瞬時に分かった。そうと分かると同時に男へ怒りをぶつけた。


「改宗を迫りに来たのなら帰ってください」

 

 敵意のこもった返事に、男も侮蔑ぶべつの目をアルトゥールに向ける。


「ふん、邪教を崇拝しているのは貴様らの方だろうに。まあよい。村長に用があってきた。彼に合わせろ。嫌とは言わせないぞ」


 朝っぱらから機嫌を悪くしたアルトゥールは、苛立ちのあまり手にしていた金槌で、高慢な男の禿頭とくとうをかち割っていたかもしれなかった。彼と二人きりの状況があと数秒続いたならば。


「これはこれは。クライツ教の枢機卿すうきけい様が我々にどのようなご用事で?」


 しかし、そんな事態は村長の挨拶で防がれた。彼は村の管理役としての務めで、クライツ教と呼ばれる宗教の枢機卿をうやうやしく出迎える。


「ある女性に会いにきたのだ」


 枢機卿が訪問の目的を話し出す。


「オラブ村の巫女が、世界の命運を握っている」


とのことらしい。枢機卿は間髪入れず、


「ヴェレダに会わせてくれ。まさか拒むまいな?」


 枢機卿は目付きで村長を脅した。拒否権はない。もし、拒否すればどうなるか。分かっているだろう、と。


「駄目だ!」


「こ、こら。アルトゥール! なんてことを」


 村長は慌てて、アルトゥールに非礼を詫びるよう諭した。枢機卿に頭を下げなさいと。だが、興奮気味なアルトゥールは尚も息巻く。


! 今日は一年に一度の神聖な日なんだ」


 彼の抵抗と同時に、村外にも響くかと思えるほどの祈りが聞こえてきた。


 枢機卿が話題にした女性の口から発せられたものだった。

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