第14話 小さな頃から今日まで仲良しの異性

 色々と考えを巡らせて、最良の言い方を考えてから尋ねた。


「えっと、先生って幼馴染はいますか?」


「……幼稚園とか小学校低学年から仲が良い人はいないけど、相談って咲奈ちゃんのこと?」


「え? あ、はい」


「今日のこととは関係なしに何かあった?」


 照れくさくて遠回しに言ったつもりなのに一瞬で見抜かれてしまった。これが大人の力か、と感心しながら肩をすぼめ、頷く。


「咲奈とは幼稚園の頃から仲が良くて、いつも一緒に帰ったり遊んだりしてました。昔は皆男女の分け隔てなく同じようなことをしてたけど、最近は男子は男子、女子は女子と行動する人が増えてきて、自分たちは変わったことをしてるのかなって思うようになったんです。それに……俺と咲奈がお似合いだなんてからかう人もいて」


 想い人である桜に最後の言葉まで言うことは戸惑ったが、結局言ってしまった。まっすぐに自分を見つめる桜の黒く綺麗な瞳に対して誤魔化すのが嫌だった。


「分かるなぁ。その気持ち」


「分かるんですか? 先生に幼馴染はいないって言ったのに」


「うん。幼馴染とはちょっと違うけど、私には双子のお兄ちゃんがいるから」


 そういえばそうだったと、始業式の日の自己紹介を思い出す。伊織という名前で、桜の友人の萩原という女性と交際していることは五月の大型連休の最終日に映画館で会ったときに知っていた。


「伊織っていう名前でね、小学四年生くらいまではどこに行くのも一緒で、というか私が伊織と一緒にいたくてずっと追いかけてたんだ。伊織は運動が得意だし好きだった。私は苦手なのに無理に一緒に遊ぼうとするから、かけっこをして置いていかれないように無理をして転んで怪我したり、雪合戦をしたら一方的に雪玉をぶつけられたりしたんだ」


 思い出を懐かしむように微笑む桜。楽しい思い出には聞こえなかったが、大人になった桜にとっては良い思い出なのだろうと春喜は思う。


「でも伊織は優しかった。私を置いて走って行っちゃったこととか夢中で雪玉をぶつけちゃったことを謝って、手を繋いで家まで連れて行ってくれるの……あ、ごめんね。ちょっと話がそれちゃったね」


「いえ、先生の大事な思い出を聞けて嬉しいです。お兄さんのことすごく大切に思っているんだなって分かります」


「そう? えへへ」


 春喜の言葉に照れた桜は頭をかいてみたり、頭の後ろで一つに縛った自分の髪をいじったりしている。そんな仕草や照れた笑顔を引き出せたことに春喜は喜びを感じる。


「……えっと、そんな感じで伊織とは四年生くらいまですごく仲良しだったんだけど、四年生の終わりくらいに他の子たちにからかわれることが増えたの。『男子と女子なのにずっと一緒なんて、好きなんじゃないのか』って。それが嫌でお互いなんとなく距離を取るようになっちゃって、五年生からは学校では完全に別行動になったし、家でもなんとなくぎこちなくなっちゃった。おかしいよね、兄妹なのにそういう目で見る人も、気にする私たちも」


「今はどうなんですか?」


「私は仲良しだと思ってるよ。今は遠くにいるけどちょくちょく連絡は取ってるし、こっちに帰ってきたときには必ず顔を見せてくれるし。まあ、帰ってくる目的は彼女に会うためだからあんまり相手してくれないけどね」


 不満そうに少しだけ頬を膨らませて口を尖らせる桜から本当に仲が良いことが分かる。


「五年生から中学生の間はあんまり会話しなくなったけど、私は伊織のことをずっと頼りにしてたし、伊織は私のことずっと心配してくれてた。高校以降もずっとそんな感じ」


「心配、ですか? 先生のことを?」


 こんなにしっかり者の桜を心配する必要なんてあるのか、と思う。


「うん。伊織と距離を取っていたときの私はおとなしくて、暗くて、友達も少なくて、自信がなくて、教室の隅っこで一人で本を読んでいるような子だったの。それが悪いってわけじゃないけど、そういう子がクラスにいたら春喜君もちょっと気にするでしょ? 一人で大丈夫かなって」


「そ、そうですね。先生がそんな感じだったなんて想像つかないですけど……」


「皆にそう見えてるなら良かったよ。高校も伊織と一緒でね。その頃になると私たちが一緒にいてもからかわれることはなくなって、伊織は結構モテるタイプだったからむしろ羨ましがられたりして、伊織のおかげで友達も増えて、色々頑張れたんだ。そうやって少しずつ今の私に近づいていって、その過程で小学校の先生になりたいって思うようになったの」


「じゃあ、お兄さんがいなかったら桜先生が俺たちの担任をしていることはなかったんですね」


「そうだね。皆と会えたのも伊織のおかげかも……いけない、また話が脱線してるかも。とにかく、えっと、五年生くらいになると好きな人とか男女の関係とか皆考えるようになるから、春喜君が咲奈ちゃんとの関係を悩むことはごく自然なことで、二人の仲をからかう人がいるのも、残念だけど自然なことなの。羨ましいんだよ、仲の良い女の子がいる春喜君が。でも、人が嫌がるようなからかいは駄目って明日にでも皆に言わないとね。そもそも春喜君は咲奈ちゃんとお似合いって言われるのは嫌?」


「からかいで言われるのはあんまりいい気はしないですけど……」


 真面目なトーンで言われるのは不思議と嫌ではなかった。そういうことを言われて咲奈が怒っているところも見たことがない。それもあって自分の気持ちや咲奈の気持ちが分からなくなる。


「やっぱり皆に一回注意しておこう。それにしてもごめんね、あんまり上手くアドバイスできなくて。上手い結論みたいなのは出てないし、双子の兄妹と幼馴染じゃ違うよね」


「そんなことないです。先生の話聞けて良かったですし、俺が悩んでることは普通のことなんだって思ったら少し楽になりました。でも」


「でも?」


「俺が咲奈に抱いている気持ちはなんなんだろう、咲奈は俺のことどう思っているんだろうかって最近考えるようになって、分からないんです」


 自分は桜のことが好きだ。それだけははっきりとしている。だが、咲奈の存在は関係ないと切り捨てられるほど希薄なものではない。大人の桜なら答えを知っている、そう思って打ち明けた。だが、すがるように見つめる春喜に桜は首を横に振る。


「その答えは春喜君が自分で見つけないと駄目だよ。その人の気持ちはその人自身しか分からないから。他の人ができるのはあくまで想像。仲が良ければその想像が当たってる可能性はあるけど、そんな保証はない。相手の気持ちが知りたければ直接聞くしかないよ。だから私はこうやって皆と話すのが好きなの。本当の気持ちを知れるから」


「本当の気持ち……俺のもですか?」


「うん。ほら、春喜君って私が何もしなくても大抵のことは自分でできちゃうでしょ? だから他の子と比べて一対一で雑談とか相談とかしたことなかったなって思ってたの。春喜君から相談があるって言われて嬉しかったんだよ」


 ただ照れくさくて委員長として必要な話以外で声をかけられなかっただけだ。本当は女子たちのように桜とおしゃべりしたかったし、だらしなかったり勉強が苦手な男子たちが世話を焼かれているのが羨ましかったりもした。


「俺も、先生と話せてうれしいです」 


 桜は笑顔を見せてくれた。


 改めて自分は今、教室で桜と二人きり。誰にも邪魔されることなく一対一で話をしていることを認識する。抱えていたものを打ち明けて、桜に受け止めてもらって心が軽くなり、桜の新しい一面も知ることでますます想いは強くなる。


 そして春喜は思う。解決策や答えが欲しかったわけではないのだ。自分の心の内の悩みなんて自分で折り合いをつけるしかないことは初めから分かっていた。ただ、桜に知って欲しかった。現に明確な答えをもらえていない今も自分は満足している。


「答えは必ず自分で見つけます」


 咲奈や瑛太との今後の関係は大丈夫だろうという確信が持てている。根拠がなくても信じられる。


 だから春喜はもっと桜を頼ることにした。桜は答えはくれないかもしれないが、勇気ときっかけをくれると信じている。

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