第10話 バスケットボール禁止の家
「父さん、母さん、俺、バスケのチームに入りたい」
その日の夕食後、春喜は龍からバスケットボールチームに誘われ、自分もやりたいと思っていることを両親に告げた。
桜とバスケの話をしたい、あわよくば龍のように特別な繋がりを持たせてもらいたい。そんな下心による決意ではあったが、普段から勉強に関しては何でもやらせてくれて「勉強以外にも習い事とかやりたいことがあったら言いなさい」と言ってくれている両親が反対するはずはない、と春喜は思っていた。
しかし、いつも夕食時に使っている四人掛けの正方形のテーブル席で食後のコーヒーをたしなもうとした父親の手がカップを口元に近づけたところで止まり、コーヒーの入ったカップはゆっくりとテーブルに置かれた小さな皿の上に戻される。春喜はその重苦しい動きの様子に父親は賛成してくれないのだということを悟る。
「春喜……」
口を閉じたまま神妙な面持ちをする父親の隣にコーヒーに入れるためのミルクと砂糖を取ってキッチンから戻ってきた母親が座る。
同じく神妙な面持ちをしており、春喜の正面に父親、その隣に母親といういつも通りの配置であるにも拘らず、まるでロールプレイングゲームで強いボス敵と相対しているような感覚を覚えた。
行動不能の状態異常を食らっている間に力をためられているように、父親の言葉を待つ春喜は緊張と不安に押しつぶされそうになる。
「駄目だ」
今まで聞いたことがないくらいに冷たく響く父親の声が春喜の心を凍てつかせる。
「スポーツがやりたいなら瑛太君と一緒に野球とか、他にもあるだろう?」
春喜の父親は愛嬌こそ足りないが愛情には満ちている。いつも春喜のために優しい言葉をかけてくれる。春喜が間違ったことを言っても決して否定せず、諭し、導いてくれる。
そんな父親から今感じ取ることができるのは拒絶。他のスポーツはともかくバスケだけは駄目だという強い意志。
「どうしてバスケなんだ?」
それでも春喜には
「今日、バスケのチームに入ってるクラスメイトにお前も結構上手いからチームに入らないかって誘われたんだ。バスケをやるのは結構好きだから、やってみたいなって思って」
「クラスメイト……」
「うん。去年も同じクラスだった金城龍って知ってるでしょ? 父さんの学校のバスケ部に見学に行ってるらしいし。桜先生が紹介してくれたらしいけど、もしかして父さんも何かしたの?」
「いや……あ、ああ。そうだ。桜先生からバスケが好きな子が落ち込んでいるようだから元気づけたいって相談されたから、俺がバスケ部の先生に話を持って行って実現させた」
「その話を聞かせてくれた龍がすごく楽しそうだったから、俺もやりたいって思ったんだ。父さん、お願い。やらせて欲しい」
頭を下げる春喜に対して父親は頑なに首を横に振る。
「バスケは、駄目だ。他にやりたいスポーツができたら言いなさい」
「父さん!」
父親はそう言い残し、コーヒーカップを手に取って本の集積場と化している自らの書斎に入ってしまった。
何故バスケは駄目で他のスポーツは良いのか、その説明が一切なかったことに春喜は憤るが、冷徹で冷酷なまでの父親に何も言い返すことができず、椅子に座ったまま俯き押し黙るしかできない。
「春喜……」
母親の優しい声。だが春喜はこの件に関して母親は味方ではないことはすでに知っている。
母親が父親に対して物申すことができない人間ではないことは十年の歳月の中ですでに知りえている。その母親が何も口を挟まなかったということは、父親と同じ意見だということだ。
「どうして、バスケは駄目なの?」
俯いたまま、絞り出すように尋ねた。
「……ごめんなさい。どうしても、駄目なの」
「分からないよ。なんで駄目なのか、説明してよ」
「春喜……いつか必ず説明する。でもそれまでは、お願い。言う通りにして?」
「いつかって、いつ?」
春喜は煮え切らない答えしかしない母親に腹を立て、顔を上げて母親の顔を見た。
苦しみも悲しみも全部背負ったような痛々しい表情に、これからまくし立てて問い詰めようとしていた言葉たちが霧散してしまった。
「部屋に戻るよ……」
優しい両親が突然敵になってしまうほどの何かがバスケにはある。ただの小学五年生である春喜にはそれに抗うだけの理論も知識も気力もない。
自分の部屋に入り明かりをつける。夕飯の前に宿題は終えているため何か本でも読もうと思ったが、あいにく父親から借りていた本を読み終えたばかりであり部屋の中には読みたい本がない。いつもなら父親の書斎に行って興味深い科学の本を借りるのだが、先ほどの話のあとでは顔を合わせづらい。
手持無沙汰も合わさって不貞腐れるようにベッドに横たわると、スマートフォンが鳴った。
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