第114話


 ベゼル様がいる以上、予想外とは言えない。

 むしろ必然ともいえる。

 だから驚きはしなかった。


 「……一応、聞いておきたい。さっきのはトールス?」


 トールスは無言。


 「お前がやったのかっ!?」


 僕は感情的になり、再び問う。



 「……うん。でも、分かるよね?……仕方なかったんだよ」


 悪びれた風も無く答えるトールス。

 それを聞いた僕は、得も言われぬ苛立ちを覚えた。


 「仕方ない……って、なんだよ?本気で言ってるのか?ウォレンも居たんだぞ!?」

 「……わかってるよ。でも……それも、やっぱり……仕方ない」

 「ふざけるな!!そんな言葉で片付けられるかっ!?」

 「……仕方ないって……君のよく使う言葉じゃないか。僕に魔術で負けた時とか……魔大に落ちた時も言ってたよね?……でも、そうだよね?仕方ないじゃないよ……もっと悔しがれよ……もっと妬めよ!!そんな言葉で誤魔化すなよ!!」


 トールスの言葉を受けて感じた衝撃は大きかった。

 彼がどう感じていたのか、という事も衝撃的ではあったが、それ以上に、僕自身が色々な場面で目を背けていた事を明言された衝撃が大きかった。


 僕は”仕方ない”という言葉で負の要素から目を背け、自己肯定していた。

 それは様々な場面で使役していたし、逃げの言葉だと自覚もしている。


 「違う……だって、それは……」


 思わず”仕方なかった”という言葉が出掛かって飲み込んだ。

 こんな場面でも、出てきてしまう程、その言葉に縋っていた。


 「僕は……セルムの事を対等に見ていたし……ウォレンだって……。だから、負けるのが悔しかった。……劣っている部分が恨めしかった」

 「トールスのいう対等って何なんだ。友人じゃいけないのか?」

 「分かってない……分かってないよ、セルム」


 トールスは俯くと手を軽く振り上げた。

 紙吹雪と言うには貧相な量の紙切れが宙を舞う。

 次の瞬間、それら紙切れが淡く光を放つ。


 魔術か魔道具。

 確証は無いが、先の斬撃様の魔術かもしれない。

 慌てて携帯していた魔力結晶を使って障壁を展開する。


 予想通りの斬撃魔術が発動されるが、障壁に阻まれ消滅する。


 無防備に受ければ威力はそれなりのものだが、これくらいなら僕に阻まれる事などトールスにも想定出来る筈。

 何か他の仕掛けがあるのではと、注意を払う。


 そこで気が付いた。

 もし、最初の衛兵が殺された術もトールスが発動させていた場合、射程範囲は相当に広い。

 僕の魔力感知の外という事であれば会場全体くらいは射程に入るのかも?

 仮定でしかないが、僕を狙ったのでは無いのでは?


 急いで障壁を張った為、他の魔力の行先にまで気を配る事が出来なかった。

 ガウェン様は!?ルディーデ君は!?と焦って視線を向けると、すぐに二人の無事は確認できた。


 そして何故か、見知った顔が一人増えていた。


 「なんでミレイがここに居るっ!?」

 「御二人を御守りしろと、アルレ様からの御命令です」

 「じゃあ、今は誰がアルレ様を護ってるんだ!?まさかアルレ様まで」

 「心配せずとも、私は単独で来ました。他の隊員達が傍にいます」

 「……とはいっても」

 「今はこちらが重要だと判断したのですよ。アルレ様は」


 その判断は間違っていない。

 現にミレイが、先の攻撃から二人を護ったようだ。

 その証拠に、トールスは眉間に皺を寄せ苛立ちを露わにしている。


 「君……何?……なんで……邪魔するの?」

 「先に説明した通りですが?」

 「関係ない人は引っ込んでてよ!」


 トールスは先程よりも多く、今度は紛れもなく紙吹雪と称してもおかしくないほどの紙切れを宙に放った。


 「……セルム様。妙な情けは掛けぬようお願いします」

 「っ分かったよ!!」


 見透かしたようなミレイの言葉にぶっきらぼうに返し、障壁の時よりも大きい結晶をトールスに向かって放り投げた。


 さっきは、どのような魔術か確認しようと敢えて後手に回った節もある。

 それまでの所業がトールスの手によるものかを確認したかったのだ。

 結局、術によるものか、紙切れ自体が魔道具なのかは不明のまま。

 とはいえ今は、あの紙切れに集中するしかない。


 初撃で発動に若干の間がある事は確認できている。

 違う魔術を発動させる可能性もあるが、考えている余裕もなく、全て吹き飛ばしてしまえば問題は無いはず……という結論を出した。

 不安要素は多いが、何が来るか分らぬ以上はこちらも力押しでしか対応できない。


 即発動可能で小規模高出力。

 衛兵、更にはトールスにもなるべく危害が加わらぬようにと、必死でイメージを構築し、魔力を結晶へ流し込んだのだ。

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