第115話
「流石です。セルム様」
「あっ……あぁ。う…うん」
結果として、僕の魔力によってトールスの攻撃を掻き消す事には成功した。
が、意にそぐわぬ形になった事は否めない。
想定していたよりも高出力となってしまったのだ。
砂塵が巻き起こった為、詳細は確認できていないが、トールスどころか衛兵達も巻き込んでしまったのかもしれない。
調整する余裕がなかったとはいえ、僕はまた……。
罪悪感を抱えながら、考えていた。
トールスは何故わざわざ僕の前に姿を現したのか?
ガウェン様やルディーデ君の殺害が目的ならば、姿を隠したまま行えば成功率は上がった筈だ、もし、対象が僕だったとしても……。
「セルム様っ!!」
俯いていた僕に、緊迫するミレイの声が耳に入った。
声の方を向いた瞬間、僕に向かってミレイが倒れこんできた。
状況が理解できず、ミレイを抱きかかえる。
衣服の背中部分が破れていて、一拍、間を置いてから、衣服に赤い液体が滲み始めた。
滲み始めた液体は、徐々に勢いを増し拡がる……。
「おいっ!!ミレイ!!」
「……ぅっ……」
動揺する僕は、ミレイを揺すり声を掛けるが、呻き声を小さく漏らすだけだった。
「……また……。なんなんだよ!!なんで、邪魔するんだっ!!」
砂塵が引き始め、その先に満身創痍とも表現できる様相のトールスが、辛うじて立っているのを確認できた。
「……トールス?まさか……これ?」
僕は茫然とトールスを眺めて、声を荒げるでもなく静かに尋ねた。
何というか、現実感が無い。
思考が追い付いていない。
「…………うん」
その言葉を聞いた瞬間、とても魔術とは言えない、殺意の塊のような魔力をトールスに向けた。
媒介も無く、術式の構築も考えていない。
試したことも無く、何か異様な感覚だけがあった。
ただ、それにどのような効果があるのか分からない。
純粋に怒りを込めただけの”何か”
だが、その歪な力は届かなかった。
トールスに届く前に、いつの間にか姿を見せたローブの者数名の魔術によって阻まれたのだ。
同時に僕の周囲に動きを阻む結界が張られた。
僕はミレイを抱きかかえ、蹲っていた。
「ここでってのも悪く無いが、まだ時期尚早か」
忽然と姿を現すベゼル様。
「……いったい……何がしたいんですかっ!?」
僕は結界に閉じ込められた状態で訴えた。
「さぁな?……ただ、少しは同情する」
少しだけ表情に翳りを見せるベゼル様。
言っている事の意味も、表情の理由も全く分からない。
ベゼル様は両手を軽く叩いた。
僕を抑え込んでいる以外のローブ数名がベゼル様の元に集まる。
「今日は撤収だ。用は済んだ」
「……っそれでは」
トールスが縋るように反論する。
「意見するのか?」
トールスを睨むベゼル様。
「……いえ」
それ以上は口にせず、大人しく従うトールス。
その後、ベゼル様とトールス達は、僕に背を向け立ち去っていった。
◇ ◇ ◇
残ったローブ達の張る結界内に閉じ込められた僕は、怒りに任せ強引にでも結界を壊し、一矢報いてやろうかとも考えたが、思い留まった。
やみくもに可能か分らぬ事をやるよりも、優先すべきことがあると思ったのだ。
今、僕が魔力を集中すべき対象はミレイ。
医療魔術の授業を真面目に学んでいなかった自分を悔いた。
肉体細部を治すイメージが思い浮かばない。いや、ほとんど分からない。
だが、何もしないわけにもいかない。
自身の持つ拙い知識をフル活用し、応用する努力をした。
魔力で認識できる端と端を丁寧に繋ぐイメージを構築。
そして、本人の血液を媒介にして、それを接合する。
裂傷などの医療魔術はそういうモノだと聞いた事はある――
抑え切れぬほどの怒りを感じながらも、僕を閉じ込めているローブ達に”今は早く去ってくれ”と、願っていた。
すると、視界の外から衝突する金属音が聞こえる。
同時に結界の力が弱体化するのを感じ取った。
少し薄くなった結界を見た後、音の方へ視線を向ける。
ルディーデ君が術者の一人であろうローブと交戦している。
ローブが応戦した為、術の効果が弱まったのだろう。
続いてガウェン様が魔術で他のローブを襲撃する。
術の効果が弱くなった機を逃さず、僕は急いで結界から離脱した。
そして、急ぎ足でガウェン様の元に向かう。
「ガウェン様!医療魔術は使えるんですかっ!!?」
礼を言うでもなく、責め立てるようにガウェン様に言い放った。
「一応、ある程度は心得て……」
「ミレイをお願いします。今すぐっ!!」
鬼気迫る形相で嘆願していたのだと思う。
ガウェン様はミレイの様子を見て、後に神妙な面持ちで僕を見つめた。
「分かりました。……やってみましょう。……代わりにルディーデをお願いします」
「はいっ!!だから、ミレイを!!」
僕は深々と頭を下げ、力無く腕を垂らし、意識を失っているミレイをガウェン様に預けた。
「全力を尽くします」
「どうかっ……どうか!お願いしますっ!!」
心の底から叫ぶように嘆願した。
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