第112話

 「さて、我々も少し近くまで行きましょうか」


 場に似つかわしくない飄々とした態度のガウェン様。


 「何を言っておられるのですか!ガウェン様は避難してください!!」


 ルディーデ君は必死に訴える。


 「多分、我々は大丈夫です。……優秀な騎士と魔術師もいますしね」


 ガウェン様はちらりと僕を見る。


 「分かりましたよ。そんな場面で無い事は重々承知していますが……当然、弁明にも協力してくれるんですよね?」

 「ええ、出来る限りは」

 

 僕等のやり取りを怪訝そうに見つめるルディーデ君。


 「どうして……この状況で、落ち着いていられるのですか……?」


 そう思うのが普通だろう。

 僕自身、それについては思うところがある。

 ガウェン様はまた別の考えがある様子だが、僕の場合は……。

 やはり、単純に諦めなのかもしれない。

 仕方ないと、僕に出来ることなど何もないと。


 「ルディーデ。心配してくれる事は有難いです。ですが、少しわがままを許してください。それに貴方一人が焦ったところでこの状況は変えられないとも思いますしね」

 「そっ、それは……」

 「私は今、何が起きているのかをしっかりと見届けなくてはいけません。セルムさんもそうではないですか?」


 非常に難しい質問を投げかけられ、僕はたじろぐ。

 何と答えれば体裁を保てるか、なんて事を考えてしまった。


 「……ガウェン様のような高尚な考えがあるわけじゃありませんよ。ただ、僕が動いたところで何も変えられないと思ったら動けなかっただけです……それに、こんな状況を僕はいつも”傍観”していたから……」


 笑みを浮かべるのも変だし、深刻に言うのも何か違う気がした。

 だからこそ無表情、無感動に言った。

 さながらミレイを真似る様に……


 ルディーデ君は不可解といった表情で言葉を失う。



 「では、行きましょうか」


 悠々と歩み始めるガウェン様。

 やはりこの人も箍が外れている気がしてならない。



  ◇  ◇  ◇



 既にベゼル様はリオン様の眼前に到着し、何か会話をしている。

 リオン様の身を案じ、手を出せず膠着状態の衛兵達。

 当然周りには、生死の定かでない者達が倒れている。


 一足遅れて到着した僕等は、二人を囲む衛兵の壁に阻まれた。

 だが、彼等をいなしガウェン様は進む。

 その後に続く、僕とルディーデ君。


 気が付けば、完全に事象の中心にまで来ていた。

 そこでベゼル様の声が耳に入る。


 「……という、条件を飲んでいただきたい」

 「お前はいったい何がしたいのだ!?この国を滅ぼしたいのか!?」


 リオン様と会話しているようだ。


 「国か……。あまり興味は無いですね。ただ”魔人を救う”ことには繋がると」


 なんの話をしているのか、内容はさっぱりだが穏やかな話でないことは理解できた。

 この状況が既に穏やかでないのだから当たり前か。


 「魔人を救う?今しがたお前が殺した者達も魔人であろうがっ!!」

 「そんな些細な話ではないと思いますがね?もっと大きく種として……」

 「詭弁だな!魔人を救うというならば、国から離れる必要は無かった筈だ!……たとえ私と争う事となったとしてもっ!!」

 「そういう話じゃないんですよ。あんたはそれなりに優秀だと思っていたが、結局はその程度って事か」

 「分からん……お前は何を……」


 「その者に大義などありませんよ。ただ自身の愉悦の為だけに動いているに過ぎません」


 ガウェン様は一歩前に踏み出し、声を張る。


 「随分な物言いだな。ガウェン」


 ベゼル様はガウェン様を流し目で見る。


 「間違っていますか?」

 「いいや、間違っちゃいないさ。本質はそこだ。ただ、結果として魔人が生き残る可能性があるというだけだ」

 「貴方が動かずとも、魔人が生き残る可能性は十分にあります。アルレ様やセルムさんが居れば」


 突然、重要な場面で話を振られ狼狽えた。

 またここでも僕が標的になるのか。

 ベゼル様は僕を一瞥する。


 「何か勘違いしているのかもな。……それに、お前等はそいつの使い方を間違っている。誰もそれに気付いていない。お前も、アルレも、そしてアルシェットもな」


 気付いてはいた、というより、これまでの事を考えたら当然のこと。

 ベゼル様もアルシェット様と関係している者の一人。

 いや、少なくとも王族は皆関係者だと疑っていたが……。



 「あの……ちょっといいですかね?」


 僕はこの場面ではあまりに似つかわしくない、緊張感を欠いた挙手をした。


 「なんだ?」


 ベゼル様が反応する。


 「ベゼル様は僕に何をしろと言うんですか?」


 僕の言葉を聞き、ベゼル様は口角を軽く釣り上げた。



 「さがれ!セルム!!」


 唐突に、緊迫した声を背後から掛けられ、振り返る。

 ウォレンを含めた衛兵数名が飛び掛かる様にベゼル様に向かっていく。

 その後ろには魔術師部隊も存在し、一斉に攻撃を仕掛けた。

 ベゼル様の注意が僕に向いた隙を狙ったのだろう。


 ベゼル様の周囲を囲むように立っていた、ローブを纏った者達に攻撃が届くかと思われた瞬間――


 強襲した衛兵達は、見えない刃に身体を刻まれ……倒れた。


 最初の衛兵が殺された時と同じように。

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