第111話


 数刻前までのお祭り騒ぎから一変し、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 逃げ惑い混乱する民衆を薙ぎ払い、平然と進行を続けるベゼル様一行。


 本来ならば僕もベゼル様を止めるべきだ――


 だが、躊躇した。

 単純に怖気づいたのだ。


 僕が本気で止めに入った場合、民衆や衛兵にも多くの負傷者……死傷者を出す事になるだろう。

 そして、ベゼル様は僕の力を知って尚、この場に同行させた。

 それは僕が動いたところで対応できる自信があっての行動だと推測できる。

 衛兵と協力する方法も考えたが、そんな事は当然、ベゼル様も織り込み済みの筈だ。

 それに素性が分からぬ者同士での即席の連携などは上手くいく筈がない。

 魔術師はそういう汎用性には乏しい。

 その上、もし仕損じた場合、今度はアルレ様が標的になり兼ねない。


 結果として、ここで僕が動くのは得策ではない筈だ。


 リオン様陣営でこの場を片付けてくれさえすれば、僕が糾弾されるだけで済む。

 そうすればアルレ様には何の危害も及ばない。

 最悪、僕は元々ベゼル様の手下で、アルレ様を監視する為に付き従っていたと嘘を吐けば良い。

 信じてもらえるかは分からないが、可能性はある。

 所詮、僕はその程度の存在なのだから。


 もしベゼル様がこの場を制してしまったとしても、アルレ様には危害が及ばない可能性もある。

 そう考えると途端に気が楽になった。

 傍観者でいれば良いだけなのだ。



  ◇  ◇  ◇



 気が付くと、ベゼル様一行はリオン様の眼前にまで進んでいた。

 当然、衛兵達に囲まれている

 この状況下でもリオン様が逃亡しないのは、兄として、そして王としての意地なのかもしれない。

 リオン様を護る兵の中にウォレンの姿を見つけた。

 親衛隊員である以上は当然の事である。

 覚悟もあるのだろう。


 立ち止まっていたおかげで、僕の周りは随分と静かになった。

 逃げる人々と、戦う人々、そのどちらにも関係ない位置で立ち止まっているのだ。



 「セルムさんっ!!」


 成す術無く、ただ傍観している僕は突然声を掛けられ、声の方へ振り向いた。

 そこには切迫した様子のルディーデ君が居た。


 「ああ、ルディーデ君か」


 僕は力無く、静かに返答した。


 「ああって!!……いったい何が!?……というか、大丈夫ですか?」


 ルディーデ君は慌てた様子で問い掛けてきた後、一拍おいて怪訝な表情を浮かべる。

 おそらく、不可解だったのだろう。


 確かにこの状況下で、呆けた様に棒立ちている姿は異様に映るかもしれない。

 逃げもせず、止めもしない、そして、焦ってもいない。

 それは多分”異常”なのだろう……。


 「あんまり、大丈夫じゃ無いかもしれないなぁ……。この状況下で、割と落ち着いていられるんだ」

 「……何を、言っているんですか?」

 「何でこうなるのかなぁ?って。僕は争いなんて望んで無いのに」

 「今はそんな話をしている場合ではっ!!」

 「なら、どうするのが正解だと思う?」



 「静観するのが正解ですか?」


 突如、別の声が割って入ってくる。

 声の先にはガウェン様が立っていた。


 「ガ、ガウェン様」


 ルディーデ君は目を丸くして驚いていた。


 「それは単に全てを放棄しているだけでは無いですか?」

 

 ガウェン様は普段と違い威圧的に問い掛けてくる。


 「考えた結果です。これが最善策と」

 「都合の良いように解を捻じ曲げてはいませんか?」

 「それは……どういう意味ですか?」

 「経緯も事情も知りませんが、ベゼルと貴方がこの場に居る事に違和感を覚えただけですよ」


 ガウェン様の言葉で少し目を覚ます。

 確かにベゼル様が僕を同行させた意味が分からない。

 単にリオン様の襲撃が目的ならば、邪魔しそうな者をわざわざ同行させる意味は無い。

 僕を同行させアルレ様をおびき寄せようとでもしたのか?


 「何故……?」


 推測しながら思わず小さく言葉に出してしまった。

 僕の独り言を聞いてガウェン様は微笑む。


 「すみません。ここまで言っておきながら、実は私も静観が正解だと思っています。ですが、ただ諦めて傍観するのと、考察するのとでは色々と違うモノが見えると思いますので」

 「……返す言葉がありません」


 「あの……。御二人とも、今はそんな場合ではっ……」


 ルディーデ君は躊躇と困惑を伺わせながらも会話に入ってくる。

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