第109話


 即位式典が始まった。


 城内の本会場へ入る事が出来なかった民衆も、場外に設けられた魔道投影具によって式典を観ることが出来た。

 式典を彩る催し物や、要人達の挨拶を眺めながら場外特設会場も賑わっていた。

 そんな光景を監視するように眺めている僕等場外会場警備部隊。


 今のところ管轄下での異常は報告されていない。

 もっとも、そんな事は不可能なのではないかと思われるほど厳重な警備体制にはなっている。


 事前準備も抜かりなく、本会場内に入れた者だけでなく、場外特設会場に集まる者にも入念な審査が行われていた。

 要するに、ここにいる民衆は全て審査を通過出来た者達だけ。

 安全性が高まるのは当然だ。

 審査から弾かれた者は会場どころか、城下町に入る事すら許されなかった。

 その徹底振りも必要な事だと思うが、それが新たな禍根を生む可能性も高い。

 なぜなら審査基準は思想や理念というよりも、地位や出自で色分けされているという印象が強かったからだ。

 更にはアルレ派を公言する者は当然の如く排除されていたとも聞いた。

 その真偽は定かではない……。


 本当にそれが事実だとするならば、その色分け自体も問題ではあるのだが、同時に、アルレ派と公言している者達自身がアルレ様の意向を無視して更なる禍根を生み出している事には気付いているのだろうか?

 結局のところ、明確な色分けを行いたいのはリオン様やアルレ様本人では無く、リオン派とアルレ派と”名乗っているだけの者達”なのかもしれない。

 そう考えると、アルレ親衛隊である僕らが会場の外に配置されるのはリオン様の意向とも言い切れない。



 そんな事を考えていると、リオン様が壇上に立ち、即位の挨拶を始めていた。

 この挨拶の後、儀式を行い晴れてデアラブルの王となる。

 そこまで進めば、ひとまずは任務完了と言えるだろう。

 あともう少しだ。


 だが、終わりが見えてきた時こそ気を緩めてはいけない。

 僕は再び気合を入れる為、顔を両手で叩く。


 すると、少し離れた場所で一種異様な騒めきが起きていた。


 それまでの”賑わい”とは毛色の違う、不穏な騒めき。

 なんとなく嫌な予感がして、その場所へと向かった。



  ◇  ◇  ◇



 駆けつけた場所には、人だかりが出来てた。

 人々の視線から、何かを囲むように集まっているという事は理解できた。


 近づくと、どよめいている民衆の言葉が耳に入る。

 ……”それ”に動揺を隠せなかった。


 強引に人だかりを退け、騒動の中心に辿り着く。



 「ん?セルム・パーンじゃないか。久しいな」


 身を隠す様にローブを纏っている者達数名の中に、ただ一人姿を露わにしている者が僕に気付き声を掛けてくる。



 「ベゼル様っ……!!?」


 そこに居たのは、以前よりやや野性味を感じさせる容姿になった元王位継承権第二位、第二王子のベゼル様だった。

 姿を現す可能性はあるとは思っていたが、まさかこんな形で遭うとは思ってもみなかった。



 「丁度いい。お前が俺を案内しろ」

 「っい、いえ。私ごときが案内などと……。それに何処に……?」

 「当然”新王”の下にだ。しかし偉くなったものだな。継承権が無くなれば俺の言葉に従う必要はないって事か?それともアルレの親衛隊長様ともなると案内などという雑事は出来ないと?」

 「そんなっ!滅相も御座いません。……すぐに了承を得てきます。それまで少しだけお時間をいただいてもよろしいですか?」

 「ああ、構わん」


 僕は急いで同任務に就いていたカレーヌの元へ向かった。



  ◇  ◇  ◇



 「なっ?どういうことですか?」


 カレーヌは目を丸くして驚く。


 「どうもこうも無いよ。話した通りだ」

 「そんな事をして、大丈夫なんですか?」

 「分からない。けど、相手がベゼル様じゃ無碍には出来ない。雰囲気的には襲撃しに来たようにも見えないし……。それに僕に案内を頼んでいる以上、いきなり襲われたりもしなそうだし……」

 「いえ、私が心配しているのはセルム様でなく、アルレ様なんですが……」


 古典的に体制を崩したくなったが、それは分かりきっていたこと。

 カレーヌはどこまでもアルレ様の事を率先して考える。

 だが、だからこそ僕も信頼が出来る。


 「言いたい事は分かる。ただ……僕が断わった場合の方が危ない気もするんだ。ならば、大人しく従う方がアルレ様の安全に繋がる気もする」

 「しかし、セルム様がベゼル様と共に現れれば、それこそアルレ様は黙っていないと思いますが……」

 「それだけはなんとしても止めてくれ。それが最悪の事態だ。これは僕からの命令だと受け取って欲しい」

 「ですが……」

 「今言った通り、これは僕からの命令だ。お願いじゃない。意味は分かるよね?」


 僕は普段あまり見せる事のない、厳しい表情と口調で高圧的に言った。

 察した様子で、戸惑いながらも頷くカレーヌ。


 「では、万一に備え我々は全員で……」

 「それも止めておいた方が良いかも?……アルレ様の所に行くのはカレーヌだけでいい、ミレイも居るだろうし。今の持ち場は他の隊員に任せておいて。なんとなく……。多分……今日は大丈夫だと思うから」

 「?何か根拠があるのですか?」

 「そんな大したもんじゃないけど……もしアルレ様に用があるなら、わざわざ”今日”じゃなくてもいい気がするんだ」

 「少しも説明になっていませんが……?」


 ジト目で僕を見るカレーヌ。


 「まぁ、そういう事で。急ぎなんで、後は任せた」

 「……分かりました、とりあえずは従います。ただ、後処理はお願いしますね」

 「ああ、そういうのは慣れてるよ」


 そう言い残し、僕はベゼル様の元へと走った。


 アルレ様の事はミレイとカレーヌなら任せられる。


 僕の方はまったく根拠の無い直感でしかないので、嘘を吐いているような罪悪感は拭えない。

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