第106話


 会食を終え、場所を応接室に移した。


 王城内にはいくつかの応接室があるが中でも特に、魔術結界と物体感知を張りやすい一室を選んだ。

 会話を絶対に外に漏らさぬ様にと、ガウェン様から念を押されたからだ。

 何を話すのか……?考えるだけでも気が重い。



 「いやはや、こういう事態になるとは思ってもみませんでした」


 ガウェン様はソファに座り茶を一口啜る。

 隣にはルディーデ君がいたたまれなさそうに座っている。


 「はい。まさか、御父様が亡くなるとは……」


 アルレ様は悲しげに俯く。


 ガウェン様と対面の椅子に座るアルレ様の後ろに僕とミレイは立っている。

 この図式がより、ルディーデ君を委縮させているのだろう。

 横には主が座り。対面にはアルレ様。そして僕等は立っている。

 落ち着ける筈も無い。

 アルレ様の命令なので大人しく従っているが、自身も立っている方が気分的には楽なのだろう。


 「お気の毒だとは思っております。ただ、私が言っているのはアルレ様が王の候補として挙がっている事の方です」

 「それについては……。国民の不安を煽るような形になってしまい、本当に申し訳無いと感じております」

 「責めている訳ではありません。国民の中には貴方の事を”残された希望”と思っている者も多い筈です。むしろその方が多い可能性すらあります。声を大にしては言えませんが私もその内の一人ですから……」


 ガウェン様は僕を見て微笑む。

 何を意味しているかは不明だが、極めて危険な発言であることは間違いない。

 確かに外には漏らせぬ会話だ。



 「有難いお言葉で御座います。ですが、それは買い被りです。私にそんな裁量は御座いません。ただ祀り上げられているだけの事です。私を推す者の多くは利権争いに敗れ、尚も私利私欲を貪る為、私を利用しようとする者達ばかりです」


 アルレ様も負けじと危険な発言をする。

 聞いているだけの僕も冷や汗が止まらない。


 「そうとは言い切れませんよ。本当の意味で貴方を支持しているのは立場の弱き者達です。もっとも今の世相では意見する事すら難しいでしょうがね」

 「……それは……ですが、私には」


 アルレ様は表情を曇らせた。


 「勘違いして欲しくは無いのですが、王になれと言っている訳ではありません。王にならずとも、貴方の存在が国民の希望となり、世界の暴走を止める為の抑止力になってくれれば良いのです」

 「私に……、そんな大層な役割は務まりません」

 「私達も助力させていただきます。それに、セルムさんやミレイさんという優秀な人材もお持ちですしね」


 ガウェン様は僕等に笑みを向ける。

 少しからかわれているのか?と、感じながらも愛想(苦)笑いを返しておいた。

 ミレイの表情は変わらない。



 「ガウェン様は私に何をお望みなのですか?」


 アルレ様はガウェン様に訊ねる。


 「何を望む、ですか……。全て他人任せで申し訳ないとは感じておりますが、それは貴方の望む未来であり、アルシェット様が想像した世界ですかね」


 飄々と答えるガウェン様と、表情を曇らせたままのアルレ様。


 「私の事はさておき、叔父様は何と言っておられたのですか?」

 「大した事ではありません。魔人は魔人としての生活を送り、人族は人族としての生活を送る。当然、他種族も……多少のいざこざはあっても、互いに大きな侵害や侵略も無く、睨み合っている程度。要するに今までと変わらない世界です。その中で、貴方が笑顔で生活していける世界を願っていた筈です」

 

 ガウェン様の語ったアルシェット様の希望は、僕にとってはあまりに普通の事であった。

 僕の生きてきたデアラブルそのまま。

 変化など望んでいなかったという事か?

 変化を望んでいたのはアルレ様に対してだけだった?


 「何故、叔父様は私をそこまで気に掛けていたのですか!?」

 「それを私に聞かれましても……。と、いうより当然な気もしますね。貴方は姪では無いですか」

 「それはそうですが……」


 アルレ様は合点のいかない表情のまま。


 余りに事が大きくなっていたので忘れかけてしまっていたが、アルレ様はアルシェット様の肉親なのだ。

 その将来を危惧していたとしてもおかしな事ではない。



 「話が大きく逸れてしまいましたが、私が即位式典で懸念しているのは、貴方とリオン様を明確な対立関係にさせようと目論む者達の動きです」

 「どういう事でしょうか?」

 「詳細な情報まではまだ……。リオン様陣営か、アルレ様陣営か、はたまた第三勢力かも掴めていません。ただ、どのような勢力の介入であったとしても、式典が壊されるようなことがあれば、貴方とリオン様の関係にも多少の影響があるとは思います」

 「それを止める為に今回の護衛を志願したという事ですか?」

 「はい。私事ですが、アルレ様とリオン様の敵対の構図は望ましくないものですから」



 「あの、すみません。先の会話に出てきた第三勢力について、何か心当たりがあるのですか?」


 聞いておかなくてはいけない事だと思い、切り出しづらい空気の中、僕はガウェン様に訊ねた。


 「……心当たりと言える程のものでは無いかもしれません。ただ、時代が切り替わる瞬間を好機と考えそうな者には少し……」


 ガウェン様は明言しなかったが、言わんとしている事は分かる。


 ベゼル様とファウダ。

 消息こそ不明だが、混沌を生み出すには絶好の機会といえる場面で、指を咥えて見ている筈がない。


 「ではガウェン様。具体的に親衛隊にはどう動けと言いたいのでしょうか?策をお聞かせ下さい」

 「策ですか……。多分、驚かれますよ」


 ガウェン様はいたずらな笑みを浮かべる。

 何か突拍子も無い事を考えているのだろう、という事はそれなりに付き合いが長くなったので感づいていた。


 「勿体ぶらなくても良いですよ。身構えたところで、どうせその斜め上を行く発言をするつもりなんでしょう?」


 僕は半ば諦め、呆れたように言った。


 「張り合いが無いですね……。私はただ、アルレ様は式典に出席しないようにとお願いしたいだけなのですがね」


 「……はっ??」

 「何ですって!?」


 僕とアルレ様は同時に発声した。

 アルレ様も驚きのあまり、取り繕った言い回しが出来なかった様子だ。

 結局、まんまとガウェン様の術中に嵌ったわけだ。

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