第104話


 今日はミレイが欠勤という事で、僕とアルレ様の二人でアルレ様の部屋にいる。

 別段、珍しいとまでは言わないが、あまり多くも無い。

 ミレイは基本的に休みが少ない。


 僕は10日に1~2日程度休んでいるが、ミレイは30日に1~3日程度。休みが無い時もある。

 とんだ悪徳企業だ。

 本人が苦にしていないから何とも言えないが……。

 いったい休みに何をしているのかは気になるが、ミレイにもプライベートはあっていい筈だ。

 むしろ、そういう風であって欲しい。

 アルレ様と同じく彼女の未来も心配だ(別の意味で)。



 アルレ様は先日渡した小説の続きを読み耽っている。

 僕はアルレ様の承認が必要な書類に目を通し不適切なものが無いか確認している。

 こういった事務仕事が増えた事は難儀な事であるが、掃除と小説書きしかやる事が無かった頃に比べれば、かなり仕事をしている実感はある。

 とはいえ、昔からの仕事や親衛隊関係の仕事もこなしている為、それなりに多忙にはなった。



 「ふうっ」


 僕はある程度仕事が片付き一息吐いた。



 「セルム、終わったの?」


 様子を伺っていたのか、アルレ様は声を掛けてきた。


 「えっ、ええ。だいたいは。お茶でもご用意しましょうか?」

 「ううん。そうじゃなくて、少し外に出ない?」

 「?外……ですか?」


 唐突な申し出に少しばかり嫌な思い出がフラッシュバックした。



  ◇  ◇  ◇



 僕とアルレ様は城の中庭を歩いていた。

 「城下町に行こう」などと言い出すのではないかと肝を冷やしたが、アルレ様ももうそこまで子供ではないか……。



 「どうしたんですか?急に」


 歩きながらアルレ様に訊ねた。

 疑問に思わない筈が無い。

 アルレ様がこんな普通の散歩に誘うことは今まで無かった。


 「別に。たまには外の空気ぐらい吸いたくなるわよ」

 「いえ、なんかいきなり城の外に出たいとか言い出すのかと……」

 「もうそんなこと言わないわよ!!」

 「そうして頂けると助かります。あの時はひどい目に遭いましたから」

 「もう……って、そんなに怒られたの?」


 急にしおらしく僕の方を見るアルレ様。

 そんな表情をされては否定せざる負えない。


 アルレ様の従者に就いてまだ間もない頃、アルレ様が「城下町に行きたい」と言い出し、その手引きをした事があった。

 当然、僕も同行した。

 見つかったら咎められるだろうとは思っていたが、さほど大事とも捉えてはいなかった。

 それが、大きな間違いだったのだが……。



 「いえいえ、今となっては……良い思い出ですよ」

 「……あの頃はね、もっと知りたかったのよ。この国がどんな国で、どんな人々がどんな暮らしをしているのかを……」

 「アルレ様?」

 「私だけあの部屋に、城に閉じ込められて不公平だっ!て、思ってもいたのよ。……いえ、本当は気付いてもいたんだけど」

 「?間違ってはいないのではないでしょうか?閉じ込められていた事には変わりありませんし」

 「そうね……。護られていたのよね」

 「理解して頂いているなら十分です」


 アルレ様は一瞬俯いた後――


 「あーあー、やめやめ。外に出てまで暗い気分になりたくないわ。何か他の話は無いの?」

 「急に言われましても……」

 「……じゃ、結局あの後、どうなったの?」

 「えっ?それは」


 結局あの時の話か。

 良い思い出ではないので、あまり思い出したくはないのだが……。


 「ねぇ?」


 尚も問うアルレ様。


 「えー……。取り敢えず、7日間独房に入れられましたね……」

 「あっ、確かにあの頃見かけなかったわね」

 「それだけじゃないですよ?独房に入れられながら食事は二日に一回、手足を拘束され、一日一回、王から説教……の時間がむしろ救いに感じたくらい、長い時間でした」

 「……うわぁ……」


 不幸体験に興が乗り始めてたが、露骨に悲愴な表情を浮かべる王女を見て我に返る。

 これでは気晴らしにはならないか。


 「まぁ……そういう事です。もとはと言えばアルレ様が魔術ショーなど見たいと言わなければ見つかる事は無かったんですけどね……」

 「仕方ないでしょ!?みんなが集まって楽しそうだったし、興味が湧くじゃない」

 「って言っても、アルレ様がお願いすれば国内最高クラスの術師も用意してくれたでしょうに。それに王族の催事でも何度も見たんじゃないですか?」

 「そういうのじゃなくて……大勢の人と、体裁とか品位とか関係無く純粋に楽しみたかったの。……いつかみたいに」

 「……その言い方だと、過去にも行ったことがあるんですか?」


 アルレ様は返答に詰まり、表情を曇らせた。

 僕は多分、また何かを間違えた。



 「まぁ、僕も魔術ショー好きでしたよ。魔術自体というよりも、あの楽しそうな雰囲気が……」


 嘘では無い、幼き日に両親と見たショーの事はよく覚えている。

 煌びやかなステージで魔術師が術を使うたび、人々は感嘆し笑顔を浮かべる。

 とても、幸せな時間と空間だった。

 自分の使う魔術との差異を感じ、いつしか嫌悪するようになっていたが……。


 「私も人を笑顔にするような魔術は大好き。……確か、成人祭の時に花火を上げたのってここよね?」

 「ええ、花火の華やかさとは裏腹に醜態を晒してましたけどね」

 「ふふっ。セルムはそれでいいのよ。っていうか、セルムっぽいわ」

 「まぁ、死にかけましたけどね」

 「あぁっと、そう。それはダメ!どんな事情であろうと、命を賭けるような事は止めて。これは命令!」


 焦った様子で念を押すアルレ様。

 僕は苦笑いを浮かべる。


 「肝に銘じておきます」



 その後、しばらく他愛もない昔話をしてから部屋に戻った。

 こんな他愛もない平穏な日常も悪くないと思いながら……。

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