第103話
「全員、整列!」
王城敷地内の訓練場。
そこに大勢の同じ鎧を身に纏った兵が五列横に並ぶ。
一列には二十人程連なっている。
その列から一人抜け出た女性が号令を出している。
「全員、礼!」
号令と共に兵は跪き頭を下げる。
号令を出した女性もこちらに向き直り、跪き頭を下げた。
眼下で行われる光景を静かに眺めながら、僕はアルレ様の座る椅子の右後ろに立っている。
最初の頃はなかなかに壮観だと感じていたが、最近はもう慣れた。
隣にはミレイがいる。
兵のいる位置より数段上に作られた舞台上で豪華な椅子に座るアルレ様は、頭を下げている兵を見て、立ち上がる。
19歳になり幼さは抜け、女性として美しいと表現出来る程に成長した。
胸以外は……。
立ち振る舞いも気品と気高さを併せ持ち、風格も出てきた。
「本日も私の為に集まっていただき有難う御座います。この難局の中、私に就いて頂ける事を心より感謝しております。ですが、万一の際には私の命よりも自身の命を優先していただきたい。どうか、その事だけは忘れぬようお願いいたします」
アルレ様はそう宣言した後、頭を下げた。
これはいつものスタイルで別段珍しいものでは無い。
それでは護衛の意味がないのでは?という矛盾に当初は兵も戸惑っていたが、今ではそういうものだと納得しているようだ。
今、行われているのはアルレ王女親衛隊の定例集会。
アルレ様は成人した後に親衛隊の結成を勧められていた。
私兵を持つ事に難色を示したアルレ様だったが、継承権を持った事により、尚の事断れなくなったのだ。
号令を出していたのはカレーヌ・アズ。
今よりも小規模だった初期の頃からの隊員。
アルレ様と同じ歳で、以前からアルレ様に憧れていたというのが親衛隊志願の動機。
口先だけの者も多かったが、彼女は筋金入りだった。
その熱意には軽く引いた程だ。
何しろ彼女は、アルレ様が決して外に見せる事の無かった本質の一部にすら気付いていたのだ。
それが採用の決め手だった。
だからこそアルレ様も僕も信頼を寄せている。
だが一応、この隊の副隊長はミレイ。
そして、隊長は僕である。
従者兼任だが……。
◇ ◇ ◇
この四年でデアラブルの内情は大きく変わった。
ベゼル様の失踪も大きな事件ではあったが、それを塗り替える事件が起きた。
―― 昨年、王が急逝した。
このあまりにも突然過ぎる出来事に、デアラブルだけでなく世界が震撼した。
様々な憶測や噂が飛び交い、国の行く末を不安視する者も増えた。
そういった不安を煽る原因になったのが、リオン様の暫定即位表明の際の一言だった。
―― 彼は宣言した。
「最も優れた種族は魔人であり、世界の主権は魔人が持つべきである」と言ったのだ。
この発言には世界中が震撼した。
国民全体が好戦的な訳でもないし、逆に平和主義者でもない。
だが、主導者がこうも分かり易く舵を切ってしまうと、肯定派と否定派の正否が明確になってしまう。
若さ故の……、と見過ごせるものでは無い。
暫定とはいえ既に王としての言葉なのだ。
案の定、国民同士でのいざこざも増え、反リオン派なる勢力の影も見え隠れしてきた。
そんな状況の中、正式な即位式典が来月行われる予定となっている。
王の死からは一年近くが経ってしまった。
その式典を経てリオン様は正式に王となる。
当然、それを阻止しようとする者達も居るだろう。
そして、その者達が祀り上げようとする対象の一人にアルレ様が挙げられているのが厄介だ。
継承権の序列を考えれば致し方ない事ではあるが……。
そして本人の意志とは無関係に”アルレ派”という大義名分を掲げてクーデターを起こす可能性もある。
そういう連中の殆どは、純粋にアルレ様を崇拝していたり、他種族との共存を望んでいるような者達では無いだろう。
お飾りの王を祀り上げ、あわよくば権力を得ようとする胡散臭い者達だろうと推測している。
心底、気分が悪い。
◇ ◇ ◇
「私は本当はどうするべきだと思う?」
アルレ様は窓の外を眺めながら、憂いを浮かべた表情で僕に問いかけてくる。
集会の後、僕とミレイはアルレ様と共に、アルレ様の部屋に集まっていた。
「アルレ様はどうしたいのですか?」
「どうしてセルムはいつも質問で返すのっ!?」
僕の返答に、アルレ様は不貞腐れる。
口調こそ昔からは成長したが、中身は……歳相応なのかもしれないな。
いつも接しているからこそ、あまり変わっていない気もするが……。
そこに親近感を覚えるのも確かだが、同時に不安な部分でもある。
「先ずはアルレ様がどうしたいのか聞かない事には答えようがないんですよ。僕は野心家ではないので」
「っもういいわっ!ミレイは?本当に叔父様は何も言っていなかったの?」
矛先をミレイに向けるアルレ様。
「はい。このような事態の事までは何も……。私としても、アルレ様の考えを尊重するつもりではあります」
昔からブレないミレイ。
外見的には数年前と逆転し、アルレ様の方がやや年上の様に見えるようになった。
この辺りが、長寿であるエルフの血を感じさせる。
「もう分からないのよ。リオン兄様が王になる事に異を唱える気は無いけど……。でも、今の状況は……」
アルレ様は俯く。
「再び王を志してみますか?」
僕は冗談めかして意地悪く問う。
「そんな事言わないでよ……。王なんて……やっぱり私には無理だわ」
「ですよね……。ならば下手に口を出さず、傍観するしかないですよ。それでももし、アルレ様が決意するというならば一応は従いますが、個人的には賛同しかねますね。やはり王への道は茨の道。現状でも毎日肝を冷やしている僕には荷が重すぎます」
現状なら安全、というわけでは無いのは分かっている。
だからこそこれ以上の不安要素は作りたくない。
リオン派の連中からすれば、継承権を持つアルレ様はもっとも邪魔な存在だ。
だが、リオン様はアルレ様を溺愛している為、表立った行動は出来ない。
そこで危険視しているのはイリス様。
元より仲の悪い姉妹だったが、継承権がらみの一件でより関係が悪化していると聞いている。
リオン派と結託し何かしら仕掛けてくる可能性も十分に有り得る。
「ごめんなさい」
「気にしないでください……っというのは難しいですかね。ですが、僕とミレイは一番大変なのがアルレ様だという事を理解しているつもりです。その上で、出来る限りアルレ様が安全で安心して生活できるようにと考えているんです。少しでも危険を回避出来るならば、その道を選びたい」
「……結局私は、昔と何も変わっていないのね」
「その真意は分かりませんが、数年程度では大きな変化は出来ませんよ。特にアルレ様のように特殊な境遇の方は……。冷たい言い方になり申し訳ありません。ですが、純粋にアルレ様には健全であって欲しいのです。それはミレイも、そしてアルシェット様だってそう思っていた筈です」
「そうね……分かってる。…………じゃあ、セルム。私の息抜きの為に、もちろん今週分の原稿は仕上がっているわよね?」
急に弱気な態度から一変し、強気な態度で僕に向かって手を差し出すアルレ様。
「えっ……えぇ。まぁ。一応は……」
恐る恐る、僕は鞄から紙の束を渡す。
受け取ったアルレ様は怪訝な表情を浮かべる。
「これだけ?」
「仕方ないじゃないですか!今週は色々あって忙しかったんですよ!情勢的にガウェン様とのやり取りも難航してますし」
「言い訳ばっかり。まぁ、いいわ。来週はもう少し頑張りなさい」
横柄な態度のアルレ様。
こういうところは本当に変わっていない。
――小説作成は四年経っても続いていた。
ガウェン様の構想や、アルレ様の要望を取り入れた事により、物語は肥大化し一時収拾不可能かと思われるところにまでいってしまったが、ようやく着地地点が見えてきて現在は伏線回収と終局へ向かっての辻褄合わせを行っている。
今のまま行けば、どうにか完結はさせられそうだ。
こんなものでも、少しはアルレ様の気を紛れさせる事が出来ているならば、意味の無いものでは無い……と、思っている。
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