第0.75話


 私が命ぜられたのはアルレ様を御助けし、留めること。


 身に余る役目だとは思うが、これは私の生きる理由であり……望みでもあった。

 だが、まだ開始線にすら立てていないのが現実。



  ◇  ◇  ◇



 王城に仕えるところまでは用意されていた道。

 この先は別の”案内役”が現れるとアルシェット様は言っていた。

 疑う訳でも無いが、信用も出来ない。

 アルシェット様とは最後までそういう不安定な関係でしかなかった。

 その証拠に王城に来て数年、それを感じさせる人物に遭遇したことが無い。

 「体よく捨てられたのか?」とも考えたが、それを疑ったところで何も変わらないし、以前の暮らしよりは遥かにマシだ。

 それに、そういう事には慣れている……。



 そんな事を考えながら、何となく日々を過ごしていると、アルレ様も従者を決める年頃になったとの噂が耳に入る。

 他のメイド達と良好な関係を築けていなかった私は、盗み聞きのような形でそれを知った。

 どんな者が選ばれるのか?

 どういう経緯で決まるのか?

 気になる事は多々あれど、知りたい情報を聞ける相手もいなかった。


 しばらくすると従者が決まったと耳にし、直後に退任になったという話を耳にした。

 もちろん全て”風”の噂。

 その後も度々、同様の”風の音”を聞き、次第に”風”を信用しなくなっていた。



 そんな中で就任したのがセルム・パーンだった。


 その時も”風の音”は聞こえていた。

 「ハーフだからあんなのを……」とか「若い男だから……」とか「もう、候補者が居なかったんじゃないか?」とか……。

 ネガティブな”風の音”は聞こえていた。

 私も、またすぐに変わるものだと、特に気に留める事は無かった。


 それから暫く経ったが”風”共から「辞めた」もしくは「クビになった」という”音”が聞こえてこなかった。

 ”風”共の興味が薄れただけかとも考えたが、もしかして定着したのでは?とも考えた。

 不確かな情報のままであるが、それがどんな人物なのか?という好奇心が私の心を支配した。


 調べられる限り調べた――

 そして行き着いた――


 彼がおそらく……アルシェット様の言っていた、アルレ様を”導く者”。

 何故だかそんな気がした。

 敢えて理由を挙げるとするならば、とにかく”そぐわない”からだ。



 だから……気にいらない。


 何故、あんなヘラヘラした元容疑者が?

 何故、アルレ様は仕えさせている?

 何故、私では駄目なのか?


 理由を挙げればキリがないが、とにかく気に入らない。



 ――私はアルレ様に言葉では言い表せないくらいの恩義がある。

 今の私が活きていられるのはアルレ様のお陰。


 ただそれを、アルレ様は気付いてもいないだろうし、覚えてすらいないだろう――



  ◆  ◆  ◆



 私はエルフの集落で生まれた。

 エルフは基本的に閉塞的で排他的な種族。

 私のようなハーフという存在に対する風当りは、他種族と比べても特に厳しい。


 この環境下では生き辛いという理由から、集落を出てデアラブルで生活するよう母から勧められた。

 ――幼い私には否定する術を持てなかった。

 ”生き辛い”というのが、私に対しての言葉だったのか、それとも母自身の事だったのか……。

 ――幼い私には理解する事が出来なかった。


 追い出されたのだとも感じている。


 父親の顔は知らない。

 魔人であるという父親には会った事が無い。

 知らないからこそ興味を持つ事も無かった。


 そうして集落を出る事になった私を待っていたのは過酷な現実。

 年端もいかぬ少女が、見知らぬ土地で身寄りも無く、一人で生き抜く為の選択肢は多くなかった。

 結果として私は奴隷商に引き渡された。

 母が私を売り飛ばしたのかもしれない。

 だが、母の苦しそうな表情を目の当たりにしていた私は、恨み事をいうつもりは無かった。

 それでも多少の理不尽さは感じていた。

 

 母は別れ際に告げた。

 ”アルシェット・オルクス”という者と会えと。

 会う事が出来れば私を助けてくれる筈だと。

 幼い私は、その言葉を素直に信じた。



 だが、奴隷商にその名を尋ねても相手にされず、そのままセントラルのとある貴族に買われる事が決まった。


 私は買われた先の主人にも”アルシェット・オルクス”について尋ねた。

 結果、主人は激昂し、折檻と称した拷問を始めた。

 そこで付いてしまった第一印象のせいなのか、他の使用人に比べても私への当たりは非常に厳しいものだった。


 「何がいけなかったのか?」意味が分からなかった。

 主人は何に怒ったのか?母は何を意図してそんな人物の名を告げたのか?


 理解出来ぬまま数年が経ち、母や、見知らぬアルシェット様に恨みの念すら持ち始めていた。


 後になってから知った事だが、その貴族は反人族過激派として有名な者だったらしい。

 王族と関係深く忌むべき”人族”の名を出したのが気にくわなかったのだろう。

 当時の私は何も知らなかった――。


 何度も謝罪した、何の罪か分らぬまま――

 何度も涙を流した、何が辛いのかも分からなくなるほど――

 繰り返される地獄のような日々の中、次第に感情は失われていった。

 悟り?諦め?すでに何も分からなくなっていた。

 これが私に定められた生き方なのだと勝手に納得していたのだ……。



 そんなある日――

 屋敷を訪れた客人。

 それこそが、アルシェット様とアルレ様だった。



  ◆  ◆  ◆



 「では、これからよろしくお願いします。ミレイ・アルロキアさん」


 頭を下げるセルム・パーン。


 「はい。命を捧げる覚悟で御奉仕させていただきます」


 私は行儀良く頭を下げた。


 「そんな大げさな……いや、でも、それが正しいのかな?」


 セルム・パーンは苦笑いを浮かべて応えた。


 念願叶い、アルレ様の従者に就く事が出来た。

 アルレ様の傍に居られるようになったのは嬉しいのだが、一つだけ不服な点がある。

 私を選出したのは他でもない、例の何となく気に入らない従者。


 セルム・パーンだという事だ。

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