第100話
決闘の翌日。
本来は休養日の筈だったが、緊急の呼び出しが掛かった。
思い当たる事が多すぎて、逆に予想がつかない。
昨日の今日という事もあり、なるべく人目を避けて城まで来た。
城内に入ってすぐに、異常な事態である事には気が付いた。
普段はもっと落ち着いて働いている城内職員達が慌ただしく動き回っている。
加えて、場内ではほぼ見掛けることの無い軍の者達もいるようだ。
そんな状況を横目に、王女の部屋へと急いだ。
◇ ◇ ◇
「いったい何があったんですか!?」
王女の部屋に入るなり、僕は訊ねた。
当然の如くミレイは既に居る。
「ふむ……、とりあえず体調は問題なさそうじゃな。簡潔に伝える。……先ず、ベゼル兄様が姿を消した。同時に複数の国家機関幹部も姿を消した。更には貴族や平民の中にも姿を消した者がおるらしい……」
眉間に皺を寄せ語る王女。
城内の慌ただしさや、軍の者が城内に居る理由は分かった。
「たった一日、同時にですか!?そんなバカな話が……」
「起きているからこそ騒いでおるのじゃっ!?」
王女は苛立つ。
確かにもっともな意見だ。
だが、それだけの人数が一斉に行方を眩ますなど可能なのか?
ベゼル様一人やせいぜい腹心だけというのならば、まだ話は分かるが……。
「しかし、それこそアルレ様が悩まれたところでどうこう出来る事では無いと思いますが……?」
「そんな事を言ってはおれん。昨日の一件があった以上、妾に無関係とは思えんし、思う者もおらんじゃろう。それを差し置いても、名目上とはいえ、妾は継承権第二位という重責を背負ったのじゃ。この状況で呑気に茶を啜っていては各方面に示しがつかん。……たとえそれが、誰も望んではおらん事だとしても……」
王女の表情が曇る。
ここまでの事態は想定していなかったとはいえ、王女は現状そういう立場になったのだ。
ベゼル様が第二王子として存在してくれれば、後からどうにでもなると思っていた。
楽観視していた。
その道を断つためにベゼル様は姿を消したのか?
継承権を失った以上、この国には縛られる必要が無いと考えたのか?
それともやはり、姿を消す準備として王女に継承権を譲渡したのか?
どれも真実が分からない上に、その理由も読めてこない。
そして、こうなってしまった以上、確認しておかなければいけない事もある――
「申し訳ありません……。本来、こんな状況下でお聞きする事では無いとは思いますが、大切な事なので確認させていただきます」
僕は改まって王女に向き合う。
「なっ、なんじゃ?」
緊張した様子で身構える王女。
「ミレイにも聞いておきたい。真剣に答えてくれ」
「……承知しました」
ミレイは静かに頷いた。
ミレイならば察しがついているかもしれない。
静かながらにも意を決している深みのある返事だった……気がする。
「何なのじゃ!勿体ぶらず、早く言わんか!!」
王女は地団駄を踏む。
こういうところも今後は直させないといけないな。
「分かりました、では……。不謹慎かつ誠に恐れ多い質問ではありますが、もし、リオン様に不慮の事故等が起きた場合、アルレ様は王位に就く覚悟はお持ちなのですか?その場合、世論やイリス様との衝突は避けられないでしょう。場合によっては、何かしらベゼル様も関わってくる可能性もあります。少なくとも容易な道では無いと思います。だからこそ今一度、アルレ様の意思をお聞かせいただきたい。……そして、ミレイはそれについてどう考えている?」
まだお子様で、引っ込み思案な王女には酷な質問だと分かっている。
だが、根底となる部分の意思疎通が出来ていなければ、僕もどう動いて良いか分からない。
そして大きく拗れてしまう可能性もある。
王女は黙って俯く。
室内を動き回りながらコミカルに考えるのでは無く、静止したまま考え込んでいた。
その姿を眺めていると、若干の罪悪感は生まれてくるが、ここは心を鬼にしなくてはならない場面だ。
暫く待つと、半分くらい顔を上げ、上目遣いで僕を見る。
「お主達は、どう思っておる?セルムだけでも良い。聞かせてはくれぬか?」
「それはなかなかずるい質問ですね。なら、僕もずるい返答をさせていただきます。僕はアルレ様の意志に従います」
「質問の答えになっておらん!!妾に答えをっ……」
王女は何かに気付いた様子で言葉をのんだ。
「そうです。その通りですよ。これは僕達に与えられた選択ではありません。アルレ様に与えられた選択なんです。っていうのも、本当は嫌なんですが、でも、それも仕方の無い事で……汚いようですが、僕は本気でアルレ様の意向に準じたいと考えているのです」
再び俯く王女。
「妾にお主を責める権利は無い。じゃが……」
「私は、アルレ様が王になられる事には反対です」
静観していたミレイが鋭い言葉を挿してくる。
ただ、この展開は予測出来ていた。
普段は意見を言わないミレイだが、王女の将来に関しては妙に口を出してくる。
さながら母親の如く。
王女がなるべく傷つかず、苦しまない道へと誘導する筈と……。
何が根底にあってそうしているかは分からないが、せっかくの機会だし参考として意見を聞かせて貰おう。
「理由も聞かせて貰える?」
「……ええ。もし、アルレ様が王となった場合、史上初の女王となります。そういった前例のないものは、批難の対象となるだけでなく、都合の良い政治の道具……いえ、陰謀の傀儡になりかねません。そこに利を見出す者が居れば、祀り上げ、利用し、不都合があれば切り捨てる。アルレ様をそんな危険な立場に置きたくはありません。それに、それはアルレ様の望む”自由”とは真逆の位置にあるものです」
ネガティブな要素を誇張している感はあるが、その可能性も高い。
「そう……。少し変わるけど、ミレイはアルレ様にどうなって欲しいの?」
「アルレ様には、今までの様に護られた位置で、責任を負う事無く安全に過ごしていただきたいと思っております。そこに多少の不自由や不満があったとしてもです」
「そうか……うむ……。妾はやはり……」
「ちょっと、待ってください!」
王女がミレイの言葉に流され、答えを出そうとした瞬間、僕は手を出して止めに入った。
「お主は反対なのか?」
王女は怪訝そうな表情で僕を見る。
「反対とまでは言いませんが、僕はアルレ様が王になるのも一つの道だとは考えています」
王女の瞳を見据えて言った。
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