第101話
僕の言葉を聞き、王女とミレイは険しい表情に変わる。
おそらくミレイは真意に気付いたと思うし、王女も気付いたかもしれない。
だが、何か聞かれたとしても誤魔化すつもりではいる。
僕とミレイは天秤の重りだ。
ミレイが明確な意思を示した以上、僕が反論を出さなければ王女は簡単に”その意見”傾倒するだろう。
ただそれだけの薄っぺらい反論……とも、言い切れない。
実際、王女が王になるのも悪くないとは思っている。
断じて、自身の利の為ではない。
ミレイはネガティブな要素ばかりを述べたが、王になるという事は、その全てを覆し、ねじ伏せるだけの権力を持つという事でもある。
それが出来れば、ある意味では自由を手に入れたとも言えるのではないだろうか?
当然、容易ではない。
それを成す為には、様々な根回しも必要となる。
即位前にアルレ様自身が力を付けておけなければ、ミレイの言った事は現実となるだろう。
正直、今この場で、その答えを出せと言うのは酷だと思っているし、難しいのは分かっている。
だがどちらにするにせよ、意識させ、出来るだけ早く決めて貰わなければ、全てが手遅れになるのも確かだ。
「その……理由を聞かせて貰っても良いか?」
王女は冷静に訊ねてくる。
「……自由を得る絶好の機会でもあるからです。殆どの民は皆、大なり小なり不自由を感じながら生きています。完全なる自由など有り得ません。その中で、少しでも多くの自由を手にしようと上を目指すのです。その過程の全てが意に沿うものでなかったとしても……。そして、挫折し諦めた者は停滞どころか、落ちていきます。本人も気付かぬままに。……つまり、上を目指そうと努力しなければ、現状維持すらままならないのが、この国の民なんです。王女をこなしていれば、ずっと王女でいられるという考え方自体がやや浮世離れした考え方だとも言えますね」
あれ?こんな厳しい事を言うつもりでは無かったのだが、少し感情移入し過ぎてしまった。
「つまりセルムは現状を維持するために王を目指せと?ミレイは現状を維持するために欲を出すなと?そう言っておるわけじゃな。それは矛盾しておらんか?」
「そうですね。でも、ただ相手に従うだけでも無く、抗うだけでも無い。許容し、否定し、折り合いをつけていくというのが、互いを理解して信頼するという事につながると思います。主従関係となってしまうと、それが正解とは言えませんが、僕等を信頼してくているというならば双方の意を汲んだ上での決断をお願いします」
「じゃがそれでは、どちらをとってもどちらかを否定することになる」
「それでも良いのです。僕はアルレ様の本心を聞きたい。それはミレイも同じだと思います」
僕がミレイの方をチラリと見ると、ミレイはやや膨れっ面で目線を逸らし横を向いた。
この所作から悪感情を感じなくなったというのは、ある意味で信頼といっても良いだろう。
「……分からん。分からん、分からん、分からん」
王女は突如、頭を抱えて壊れたように同じ言葉を繰り返す。
「どっ、どうしたのですか?」
こういう乱れ方は見た事が無い。
僕も動揺する。
「否定された者はどうする?嫌じゃろう!?そんなの妾も嫌じゃ!どうして妾が決めなくてはならんのじゃ!?そんな大事な事は、お主等が決めてくれれば良いのではないかっ!?」
その言葉の無責任さに憤りを感じた僕は、再び「王女を叱らねば」と思った瞬間だった。
「アルレ様っ!!!」
ミレイが突然、大声を出す。
険しい表情で王女を見つめるミレイと、驚いた表情でミレイを見る王女。
場が凍り付く。
「見くびらないで下さい!!アルレ様が自己主張をしたくらいで、私はアルレ様を疎みません」
先の状態のまま硬直している王女。
「僕も……アルレ様が真剣に考えて出した答えならば、尊重こそすれ疎みなどしません。そのくらいには信用してください」
「恨むとすれば、セルム様を恨みますので」
ミレイの言葉を聞き、王女は不安そうな表情で僕を見た。
「安心してください。ミレイなりの冗談です」
僕は半笑いで答えた。多分、間違ってないよな?
王女は俯く。
暫し黙った後に、小声で話し始めた。
「本当は…………妾はなってみたいのかもしれん ……王というものに……。幻想や憧れ……それも少し違うかもしれん……。人族の冒険譚に登場する魔王が、父様の場合や、兄様達だった場合……当然、妾だった場合等も読みながらに想像しておったのじゃ。あくまで主人公達に感情移入しながら読むのじゃが、立場上どうしても魔人側も意識してしまう。魔人はそんな悪い者ばかりでは無いとか、父様はこんな卑劣な事はしないとか、妾が王なら人族との協和を選ぶ……とかのぉ。……空想の中でそんな事を真剣に考えるなど馬鹿馬鹿しい事じゃとは思いながらも、つい入り込んでしまう。そうして読み終えた後には爽快感と……少しの寂しさが残るのじゃ……。物語が終わってしまった寂しさもあるのじゃが、同時に何故、魔人が悪なのじゃ?という疑問。政治的背景でそうなるのは仕方ないと分かっておる。中には良い魔人が登場する話もあるが、総じて最終的に魔王は悪じゃ。それが空想上のモノである事を知って貰いたいし、伝えたい。自身で書いておるのも、その不満の捌け口なのじゃ。じゃが、その幻想を現実に変えられるとなるならば……興味を持たない筈が無い」
王女は所々、考えながらに話していた。
一部”ん?”と、疑問に思う所があったが、真剣な話だった為、腰を折るようなツッコミは避け、大人しく聞いていた。
「それを成そうという事は、世界の在り方を変えるという事になりかねませんよ?」
ミレイが王女に問う。
「うむ、そんな大それた事を妾が考えて良いのかが悩むところではある」
「今までのように、この部屋に閉じ籠って平穏な日々を送る事は難しくなりますよ?」
「分かっておる……とも、言えんか。じゃが、いつかはしなくてはならんとは思っておった」
「困難な道ですよ?」
「…………覚悟……しておる」
やや言葉に詰まったが、王女は意志を込めた強い目線をミレイに向けた。
「……そうですか。ならば私には何も言えません。もっとも、王になる意思と権利があるというだけで、現状ではリオン様の即位が有力ですし」
ミレイは静かに言った。
「妾もそう思っておる。それを覆そうなどというつもりも無い。あくまで心構えの問題じゃ……じゃが、ミレイの気遣いには素直に感謝しておる」
王女はミレイを労うようにやさしく微笑みかけた。
「……意思疎通は出来たようですね。僕もそれに従います。……では、ベゼル様の件に移りましょう。状況的にのんびりしている訳にはいかなそうですが、我々に何か出来る事はあるのでしょうか?」
僕がそう言うと王女はこちらを向く。
「セルムもそれで良いのだな?」
「僕が言った事ですからね……。それにアルレ様が王位を継ぐ覚悟を持つ事には本当に賛成でしたよ」
「それは本当に本心か?」
念を押すように尋ねてくる王女。
まだ自身でも迷いがあるのだろう。
当たり前か。
「ええ、噓ではありません。少し厳しい言い方になってしまった事には謝罪します」
「それは良い。それにしても、お主等二人のおかげで少し吹っ切れたわ。未熟ながら王位継承権を持つ者としての決意と覚悟を持つとしよう」
王女は少し前までの辛気臭い表情から一変し、凛とした表情に変わった。
少しだけ大人びたようにも感じた。
「いい表情になりましたね」
僕は王女を見て微笑んだ。
王女は驚いた様子で顔を赤くする。
「なっ、何じゃ急に!?気持ち悪いっ。褒めても何も出んぞっ!!」
「素直に成長したな、と思っただけです」
「……本当に、気持ち悪いのぉ……」
胡散臭そうに僕を見る王女。
その後、僕等はベゼル様の捜索に協力することになった。
◇ ◇ ◇
だが結局、ベゼル様の足取りを辿る手懸りすら掴めなかった。
同様に姿を眩ませた者達も……。
姿を消した者の中には、トールスも含まれていた。
◆ ◆ ◆
後に、この日を後悔などという生易しい表現で収められぬ程に悔いる事となった。
自身の軽率さ、浅はかさ、そして無知を呪った。
結論の無い考察を続け、罪悪感に苛まれる度に思う……。
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