第99話


 魔大に落ちた時?

 ……思い出せない。

 僕はトールスに何か言ったのか?

 あの頃は僕も荒んでいたから、余計な事を言った可能性も十分にあるが……。


 「……ごめん。憶えてない。僕は何を言ったんだ?」

 「君にとってはその程度の事なのかもしれないし、落ち込んでいたのも知っている。……だからこその本音だとも感じたよ。……君は言ったんだよ。僕がアルマンド家だから受かったんだってね」


 僕はそんな事を言ったのか?

 いくらあの時の僕でも、そんな事を言うだろうか?

 全く身に覚えは無いのだが、可能性が無いとも言い切れない。


 なぜならそれは、内心どこかで思っていた事だからだ。


 「……ごめん。でも、それは……」

 「別に謝って欲しい訳じゃ無い。……君が、そういう考えであるならそれは仕方が無い。家督である事も間違い無い……。だけど、僕は……それだけなの?僕だって必死に努力していた、それを認めてはいなかったって事?……僕は……セルムの力を認めていた……。なのに君は僕の力を妬むでなく、家督を妬んだ……。それは、僕自身を敵だと思っていなかったって事だよね?」

 「違うっ!トールスを敵だとは思ってないけど、実力は認めてた」

 「それが上からだっていうのさ……セルムは結局、僕の事を敵だとは思っていないんだよ……」


 なんだか話の着地点が見えなくなって困惑してきたが、煙に巻くような言葉も思い浮かばない。


 「……それは」

 「そうだよね……。分かってたんだ」


 トールスは一人で納得し、頷く。


 「何が分ってんだよ!?」

 「アルマンド家は破壊分野の権威。そこで負ける度、君が疎ましく妬ましかった。だけど……同時に君を好敵手として認めていた。なのに君は僕を見るでなく、アルマンドという家柄を妬んだ。……無視されている感覚と悔しさ、セルムに分かる?」

 「……それは……だって……友達だから」

 「そんな言葉で誤魔化すなよっ!君は僕を敵とみなさなかった!僕の力を認めなかった!ずっと見下してたんだよっ!!」


 トールスは怒りを露に言う。

 噛み合わぬ会話に苛立ちを感じたが、ここでも強い反論が出来ずにいた。

 確かに僕は彼を敵としてみる事は無かった。

 それはあくまで破壊分野のみであり、その他の分野では彼に最初から敵わないと思っていたから……。

 逆に言えば、得意分野では負けないという自信もあったから……。



 「もう良いだろう?何を言っても、負けたのはお前だ」


 ベゼル様が仲裁に入る。

 拡声魔術は使っていない様子だ。


 「……申し訳ありません」


 トールスは急に大人しくなり頭を下げる。


 「取り敢えず、言いたい事は言えたみたいだな。じゃあ、この決闘の幕を引こうじゃないか」


 ベゼル様の言葉に不満はあったが、言葉を飲んだ。

 今は決闘を終え、それからトールスとは話をすれば良い。


 「アルレの挨拶の前に宣言しておこう。この決闘により、アルレは王位継承権第二位の権利を得た。つまり、史上初の女王になる権利を得たのだ」


 再び拡声魔術を展開させ、会場内にベゼル様の言葉が響く。

 この言葉には観客も湧いていいのか分からず、困惑の空気を漂わせていた。



 「そして、権利を失った俺は晴れて自由の身だ。同時に国を捨てるとしよう!!」


 更に意味不明な宣言に、会場内はどよめく。

 僕にもベゼル様が何を言っているか理解が出来ない。

 王女も困惑の色を伺わせている。


 「俺からは以上だ」


 ベゼル様はそう言うと、ステージに背を向け歩き始めた。



 「待って下さい。ベゼル御兄様は何を!?」


 王女はベゼル様を呼び止める。

 足を止めるベゼル様だったが、振り返りはしない。


 「お前のおかげでいい切欠が出来た。送別の余興も楽しめたしな。後はお前が、次の王にでもなれば……より面白くなりそうだ」


 鼻で笑うようにベゼル様は言い放つ。

 拡声はされていない。


 「まさか最初からこうなる事を……?」

 「流石にお前の提案まで読める筈が無いだろう?俺には未来予知など出来んからな。アルシェットと違って……」


 ここでアルシェット様の名前が出てくる事は考えていなかったが、そうなると関係性を勘繰ってしまう。


 「私は王になりたいなどはっ」

 「俺にはどうでも良い事だ。それより、セルム・パーン。本当に面白かったぞ、お前とはまた会う事があるかもな」


 急に話を振られ、僕はたじろぐ。


 「えっ、あっ、ありがとうございます。でも、それはどういう意味で?」


 話をしている最中にベゼル様は歩き始め、遠ざかっていった。

 トールスもベゼル様と共に去っていった。




 困惑する会場内と司会と僕等。

 どう収集を付けるかあたふたしている司会を横目に、渡されたまま手に持っていた魔道具を使い、王女が言葉を発する。



 「皆様、申し訳ありません。私は何の覚悟もしておらず、王位継承権を賭けた決闘を受けてしまいました。それが皆様に与える影響、危惧、不安を考慮していない浅はかな行動だったと理解しております。ですが、王公認の決闘で決まってしまった以上、覆すことは出来ません。ただ、依然として第一位にいるのはリオン御兄様で御座います。私はリオン御兄様が次期デアラブル王となる事に協力し、尽力していくつもりです。ですから、不安を抱かず、今まで同様に我々アデレード家への御協力をお願いいたします」


 王女は客席へ訴える。

 王族が民衆へ嘆願すべき事では無いと思うが、継承権の交代とはそれ程までの大事であり、王女が継承権を持つことも更なる大事なのだ。

 この発言に対し、観客は盛大に拍手を送ったが、心中までは計れない。


 一見すれば無責任な発言と捉える者もいるだろうし、野心を疑う者もいるだろう。

 だが、撤回を許されぬ以上、他に言葉が無かった気もする。

 いずれにせよ、大きな禍根を残す事には違いない筈だ。



 「おおよその事は、今アルレが言った通りだ。継承権はあくまで継承権でしか無い。そして、此度は祭りである。今後を杞憂する場面では無い」


 今度は王の言葉が会場内に響き渡る。


 「決闘は終わったのだ、大いに騒ぎ、楽しめば良い!」


 もっとも高い観覧席から、場内を見渡して言い放つヴォルグ王。

 少しのどよめきの後、観客たちは湧き始めた。



  ◇  ◇  ◇



 王みずから茶を濁してくれた為、その後の進行は何とか取り繕う事が出来た。



 僕は疲弊を理由に、その後のお祭り騒ぎには顔を出さず、王女の事はミレイに任せて会場を出た。

 去り際に王女は僕の身を案じていたが、花火の時のような虚脱感は無いので大丈夫だと伝えた。

 前例のある僕の言葉をにわかに信じていない様子ではあったが、ミレイの後押しもあり渋々了承した。



 家路につきながら色々と潜考していた。

 トールスに何と言うべきか?

 王女は継承権をどう捉えているのか?

 ベゼル様は何をするつもりなのか?

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