第98話


 僕は壁を破壊した後、ゴールでもあるステージに立ち、歓声を浴びた。



 愉悦も、満足感も、達成感も無い。

 ただただ虚しさを感じながら……茫然と立っていた。

 正直、歓声が煩わしい。


 視界に写るトールスは未だ壁の前で、膝を地面に着いたままうな垂れている。

 声を掛けようにも、掛ける言葉が見つからない。

 勝者と敗者という事実以上の距離を感じていたからだ。



 僕は魔力から思念を読み取る力など持ってはいない――

 その為、流れ込んできた”それ”の真偽は分からない。

 ただ、僕は微塵もそんな事を考えていなかった以上、自分が創り出したものである可能性は低い。

 第三者が僕の動揺を誘う為に介入したのか?

 それならまだ可能性はあるが、それをどう確認する?



 そんな事を考えながら、トールスに声を掛ける事が出来ずにいた。


 気が付けば、こちらに向かってくる王女とミレイの姿が視界に入る。

 観客に笑顔を振りまく王女と、慎ましやかに後を歩くミレイ。


 正直、対応に悩んだ。

 勝者である以上、誇らし気に笑みでも浮かべていれば良いのかもしれないが、前述の通りそういった気分ではない。


 王女がステージに上がる。

 歓声はより盛大なものとなる。

 そのまま僕の目の前に到着。



 「お疲れさまでしたセルムさん」


 王女は公務用の笑顔で僕を労う。


 「……はい。ありがとうございます」


 僕はぎこちなく笑みを浮かべ、返答した。


 司会もステージ上に到着し、促され、僕等はステージ中央に立った。



 「皆様、本日の勝者であるアルレ様、そしてセルム・パーン様に今一度盛大な拍手をお願いいたします」


 司会の呼びかけにより、会場内は今日一番の盛大な拍手と歓声が巻き起こった。


 「そして同様に、惜敗とはいえ、賞賛に値する高度な魔術を披露して頂いたトールス・アルマンド様にも盛大な拍手をお願いいたします」


 再び会場内に拍手と歓声が巻き起こる。

 が、未だうな垂れたままのトールスには、それがどう聞こえているのだろうか?


 「それではまず、勝者であるパーン様のお言葉を!」


 司会は僕に拡声魔道具を手渡してくる。

 僕は受け取り、観客席に目を向ける。


 「ご声援ありがとうございました。運の要素も多く、あくまで結果としての勝利でしかありませんが、皆様に楽しんでいただけたなら幸いです」


 簡潔に挨拶を終え、頭を下げ、魔道具を司会に返した。

 拍手や歓声は起こるが、開始前のベゼル様による紹介もあり、僕に疑念を抱いている者は一定数いる筈だ。

 自意識過剰かも知れないが、僕は人前に出て良い者では無い。

 今更感はあるが、王女のマイナスイメージに繋がるというのもあるし、なにより僕自身が辛いのだ。

 一生、日陰者である方が気が楽だと思っている。



 「次は、アルレ様のお言葉を」


 司会は王女に魔道具を手渡す。


 「まぁ、待てよ」


 ベゼル様の声が割って入ってくる。

 また拡声魔術。こういう演出が好きなのか?

 王女は動きを止めた。


 「俺からもセルム・パーンに賛辞を贈らせてくれ」


 ゆっくりと大雑把な拍手をしながらステージに向かってくるベゼル様。

 後ろには顔を隠すようにローブを纏った者が二人。

 そしてステージ付近で立ち止まり、僕を見る。


 「噂通りの大した魔力だ。流石は”元”魔術兵器。七光りには荷が重かったな」


 飄々とした態度のベゼル様は、既に肉声の届く範囲まで歩み寄って来ていた。


 「先程言った通り、運の要素が大きいです。実力差などは……」


 僕は咄嗟にトールスを擁護するような発言をした。

 一瞬の戸惑いはあったが、やはり僕にとっては数少ない友人。

 責を問われるような事態は避けたい。


 「負けは負けだ。言い訳のしようも無いだろう。それは本人が一番痛感してるんじゃないか?」

 「それは……」


 確かにそういう事になる。

 ここに先着したのも僕で、帳消しにする様な延長戦でも僕が勝った。

 内容だけ見れば僕の完勝。


 「同情するくらいなら負けてやれば良かったじゃないか?」


 嘲笑の中にも冷徹さを感じさせるベゼル様の視線が痛い。

 正論過ぎて返す言葉が見つからない。


 「結局……セルムは、僕の事を見下してるんだよ」


 背後から声を掛けられ振り向く。

 そこには、さっきまでうな垂れていたトールスが居た。


 「そんな事はないっ!!」

 「……魔大に落ちた時、君は何て言った?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る