第84話
「なっ、なぜ急にそのようなお話に?」
王女の「魔術を教えてくれ」という言葉に僕は驚いた。
「妾も魔術を使いたいからじゃ!誰も教えてはくれぬし、何をどうしたらいいか分からん!」
「そう言われましても……。アルレ様にも魔力反応は感じますし、何らかの魔術が使えてもおかしくはありませんが……」
「それは分かっておる。じゃがどうにも上手く使えんのじゃ」
「上手く使えないとはどういう事ですか?」
「……うむ。色々じゃのうぅ」
王女は視線を逸らす。
「嫌な予感しかしませんが……。取り敢えず、何が出来るのか見せて頂けますか?」
「今か!?そんな急にか!?」
「えっ?ええ。まぁ別に無理にとは言いませんが……」
「いや……うむ。やろう。どうなっても後悔するなよ」
「何ですか?その不吉な前振りは」
何が起きるのか若干怖さはあったが、先の口振りから察するに畏怖に値するものでは無いだろうと考えていた。
「行くぞ”ホイーッ”」
王女は椅子から立ち上がった後、小さな魔力結晶を持って、珍妙な掛け声とポーズを取る。
思わず吹き出しそうになったが何とか堪え、周囲の変化に気を配った。
魔王の子女で、人族のエリート魔術師の血も引いている。
相応の魔力は持っている筈だ。
それなりの事が出来てもおかしくない、というよりもその方が自然。
……が、周囲の変化は感じられない。
僕自身にも変化は無さそうだ。
しかし、僅かな魔力反応は感じられた。
「あの……どのような目的の魔術を使ったのかだけでもヒントをいただいてもよろしいですか?」
僕は恐る恐る訊ねた。
「お主……妾にそれを聞くのか?」
王女は不貞腐れたように答える。
「失礼ですね」
ミレイが静かに会話に入る。
「えっ?ミレイは気付いてるの?」
「ええ、一応は」
その言葉を受け僕はもう一度室内に目を凝らす。
気付いているとはっきり言っている以上は何か物理的な変化があるのだろう。
僕自身の変化である事も考え室内の鏡で自分をチェックする。
もし今の状況全てが幻覚系の魔術だというならば僕に教えるような事は無いし、元より上手く使えない等と謙遜する必要も無いだろう。
全く分からない、魔力反応があった事を考えれば何かしらの効果は出ている筈なのだ。
「……ここじゃ、ここ」
悩む僕を見兼ねてか、王女は自身の頭を指差して言う。
「えっ?頭がどうかしたんですか?」
「お主、愚弄しておるのか?……いや、あながち間違ってもおらんが……髪じゃ髪」
僕は指している場所を見て気が付いた。
王女の髪の毛の一部が寝ぐせの様に跳ね上がっていたのだ。
「それ……?ですか?」
「ん、……うむ」
「えーっと、髪の毛全体を逆立てようとでもしたんですか?」
「違う!お主の髪を逆立てようとしたのじゃっ!!」
不機嫌そうに答える王女。
おそらく僕が馬鹿にするだろうと思っているのだろう。
だが、僕はそう思わなかった。
昔の僕と同じだ――
頭の中に術式は構築できている。
しかし、使えないというイメージが先行して、成功のイメージがブレてしまっている。
証拠に十分とは言えないまでも、効果の一部は成功しているのだ。
更に、効果が自分に向いてしまっているという事は、意識が自分に向いてしまっている事の表れでもある。
魔術を使う際には自己意識を極力除く。
それは外部に使う場合でも自分自身に使う場合でも同じ。
それが出来ないと意図せぬ効果が生じる危険性が高まる。
どんな場面であれ客観的に無機質に、そして無慈悲に行使しなくてはならない。
感情的になる事で術の効果や精度も低下する。
たとえそれが、どんな感情であったとしても……
凄く簡単に言えば、行使しようとする術だけに集中するという事。
「そうですか。分かりました」
「なんじゃ?笑わんのか?」
不機嫌ながらも、意外そうに尋ねてくる王女。
「笑いませんよ。アルレ様もじきに魔術は使えるようになると思います……ですが、そこに執着する事を、あまり推奨したくはありません」
「何故じゃ!?意地悪か!?」
「違います。魔術はやはり”魔”術だからです」
茶化した風でも無く、ただ真剣に重々しく言った。
魔術の事を考えて、再認識した。
空気を察し、王女は黙る。
「恐れながら、私もセルム様に同意します」
ミレイも僕の言葉に賛同した。
「んーーっ」
納得のいかなそうな王女は、返す言葉も思いつかない様子で、呻りながら睨み返すだけだった。
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