第83話


 嵐のような出来事が過ぎ去り、再び室内には平穏が訪れる。

 ……筈が無かった。



 「何なんじゃっ!?どういう事じゃ!?わけが分からんぞ!?」


 床に座らされ頭を下げた僕の後頭部を、王女は踏みつけながら怒鳴る。


 「アルレ様、そんなに足を上げてはしたないですよ。セルム様、もっと頭を下げてアルレ様が踏みやすい姿勢になってください」


 ミレイは王女を止めるでもなく、淡々と進言してくる。

 完全に床に額を着けろと、そう言いたいんだな。……いや、まぁ、それだけの事をした自覚はある。



 「ヴぁい。ウィろうぃろろ、はんれいしれいまる」


 僕は二人に逆らうことなく顔を床に着け、踏みつけられながら言った

    

 「何を言っておるか分からんわっ!!きちんと説明せい!!」


 怒りの収まらぬ王女は怒号を上げながらも、僕の頭から足を外した。

 僕はゆっくりと顔を上げた。


 「……その、僕も突然の事すぎて訳が分からないんですよ」

 「ベゼル兄様から誘いを受けたのは本当か?」

 「はい、本当につい先日。ガウェン様の就任式典の日の夜に」

 「あのゴタゴタの日か?」

 「はい」

 「まったくもって考えが読めん。どういう事じゃ?お主に何か心当たりは無いのか?」

 「ええ、全く」


 言えない事が多すぎて、上手く取り繕うような嘘が思い付かない。


 「それにしても……。叔父様といい、ガウェン殿といい、お主はいったい何なのじゃ?」


 冗談めかした感じではなく、真剣な表情で僕を見る王女。

 確かに、ここまで重要人物が目を付けるとなれば只者では無いと思うのがむしろ自然だ。


 「……僕にも分かりませんよ」


 王女から目線を背け、吐き捨てるように言った。


 「お主がそう言うのならば、妾は信じるぞ。それで良いのだな?」


 王女は真剣な表情で問い詰めてくる。


 「私はアルレ様の意思に従います」


 ミレイは静かに頷く。


 責められているような状況の中、僕は考えた。

 思い当たる節が無い訳ではない。

 というよりも”それ”以外には思い当たる節などない。



 「……あるとすれば、僕の持つ魔力くらいでしょうか」


 多分、僕にはそれくらいしか評価される取柄は無い。

 ミレイには気付かれている可能性も高いが、王女には僕の魔力について詳しく話した事が無かった。

 なぜ今まで話さなかったのか?と問われれば、特に話す必要もなく、あまり語りたい事では無いからだ。

 加えて王女は、僕が何度か魔術を使用した場面に居合わせても特に関心を示すことは無かった。


 「魔術に心得があると聞いた気はするが……それ程のものなのか?」


 あからさまな疑念の目で僕を見る王女。


 「実際、魔術は大した事は無いと思います。ただ、魔力だけは異常みたいです」

 「なぜ他人事のように言うのじゃ?」

 「なかなか自分で言うのも抵抗がありまして……」

 「信じがたいのぉ?」

 「そう言われてしまうと何とも……。確かに僕ほどの魔力を持つ者にはそうそう会う事はありませんし……」


 自慢話のようになってしまい気恥ずかしいが、紛れもなく事実なのだ。


 「そんなもの少し対峙しただけでは分からぬだろう?」

 「分かるんですよ、大体は。上手く隠す技術を持っているような特殊な例を除けば」

 「妾やミレイのも分かるのか?」

 「ええ、何となくは分かります。もっともミレイは特殊な例に入りそうな部類なので……。ですが、僕より魔力があるとも思ってはいません」

 「なっ、ミレイも何か特殊な事をしておるのか!?」


 王女は驚きながらミレイを見る。


 「……余計な事を」


 ミレイは冷ややかな視線を僕に向け小さく呟いた。

 後に冷ややかでない視線を王女に向け、答える。


 「はい。私も多少は魔力を持ち、魔術も嗜んでおります。セルム様の仰る通り、目立つ事の無いよう普段は抑制しております。ですが、魔力ではセルム様には到底及びません」

 「魔人ならば魔力があっておかしくは無いが……セルムの魔力とはそれ程のものなのか?」

 「はい」


 難しい表情を浮かべたまま答えるミレイ。

 だが何故か、王女は興味深々といった様子だ。


 「ふむ。では何か出来ぬのか?今すぐ。ほれ、何か妾を楽しませるような」


 興味津々の王女を見て、少し勘違いをしている事だけは感じ取れた。


 「僕は奇術師ではありませんし、魔力や魔術は遊びの道具ではありませんよ」

 「なんじゃ、つまらぬ。ならば何なのじゃ?」


 不貞腐れる王女。

 僕は返答に悩む。

 言われてみればこの力は何の為の力なのか?

 つい”武力”と結びつけてしまうのは僕の悪い癖なのかもしれない。

 現に花火の時には人々を楽しませる力にもなったのだ。

 それ以外にも、日常生活の中で多用されているというのに……

 根本を間違っているのは僕の方なのか?


 「分かりました……では、少しだけ失礼させていただきます。何が起きても絶対に暴れたりしないで下さいね。本当に危ないですから」

 「う……うむ」


 僕の忠告に少し狼狽えながらも王女は首を縦に振る。



 まず、術式を脳内で構築する。

 次に、対象物に及ぼす効果をイメージする。

 魔力結晶を使えばより楽ではあるが、今回は何も使わずに行こう。

 そうすることで”万が一”の事態が起きた時にも被害を抑えられる。

 いくら僕とはいえ、生身で出来るのはその程度だという事でもあるが……。

 

 術式に対し、流す魔力が少な過ぎれば発動しないし、大き過ぎれば暴発する。

 この調整により安定した効果が得られるのが”魔術”の醍醐味であり、難しさでもある。

 もっとも僕の場合に注意が必要なのは、過剰供給の方だけだが……。

 念の為、計算ミスした時用のマージンは十分にとってある。



 「おっ!わっ!えっ!?」

 「ぜっったいに暴れたりしないで下さいね!!」


 王女は自分の体がゆっくりと浮き上がっている事に気付き慌てるが、体は動かさぬようにしている。


 「なっ!なんじゃ!これをセルムがやっておるのか!!?」


 徐々に高度が上がり、更に慌てる王女。

 とはいえ室内だ。

 飛び跳ねたのと大して変わらぬ高度。

 だが、任意で跳んでいるのと浮かされているのでは感じ方が違う。

 慌てる王女を見て、つい調子に乗ってしまいそうだったが、下手な事をして制御を誤れば王女が壁や天井に張り付きかねない。

 慎重に真剣に、僕は王女を水平移動させ始めた。


 「もっ、もういい。分かった。もう十分!降ろして」


 泣きそうな表情で訴えかけてくる王女。

 これ以上は可哀想かと思い、大人しく元の位置に慎重に降ろした。


 椅子に戻った王女は、疲労の色を感じさせていた。



 「少し使ってみて、あんな感じですかね?」


 僕は得意気な感じで言ってしまった。


 「おっ、お主凄かったんじゃな!驚いた。単なるボンクラかと思っておったわ」


 先程の疲れた表情から一変し、驚いた表情で僕を誉める?王女。


 「えっ、ええ。まぁ、それほどでも」

 「謙遜するでない。何の魔道具も使わず人を浮かすなど見た事が無いぞ!」


 興奮して話す王女。

 確かに、特殊な魔道具も魔力結晶も無しでこのような事が出来るのは魔人の中でもほんの僅か、極々一部だとは思う。

 だが、僕としては、まだまだ抑えての結果。

 まぁ、こういうのも偶には悪くないか。


 「つまり、まぁ。結局、僕の力が目当てなのだと思います」

 「ふむ。納得に値する力じゃ。ミレイも同じような事が出来るのか?」

 「私にそこまでの力は御座いません」

 「ではやはり、セルムが凄いという事なのか。……そこで……のう、セルムよ。妾に魔術を教えてはくれぬか?」


 王女は恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。

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