第82話
これはいったいどういう状況なのだろうか?
王女は学習用の椅子に座り(普段僕が執筆用に使っている椅子だが……)、その背後に僕とミレイが立っている。
対面には、普段王女が使っている豪華な椅子に腰掛けるベゼル様。
こちらと同様、背後には従者が二人立っている。
ガウェン様から予備知識を与えられている為、ベゼル様に対してあまり良い印象は持てていない。
命の恩人であるかもしれない人物なのだが警戒心は拭えない。
時系列的には逆なのだが……。
先日の話の続きをしに来たのか?と、内心そわそわしている。
「ベゼル御兄様に対し、このような粗末な応対しか出来ず、誠に申し訳ありません」
王女が頭を下げると同時に、僕とミレイは膝をつき頭を下げた。
「こっちが勝手に訊ねてきたんだ、構わない。手短に用件だけ話す」
「用件とは?」
「そこに居るセルム・パーン。そいつをくれ」
ベゼル様は僕を指差して言った。
「なっ!」
王女は分かり易く動揺する。
予測のついていた僕でさえ、あまりの直球さに驚いた程だ。
「本人に直接打診したんだが、アルレの許可が要るとのことでな」
「本人に直接……?」
王女は僕を見る。
どうして良いか分からず視線を泳がせた。
「すみません、ベゼル御兄様。私は何も聞いておりませんでした……。ただ、転任には御父様の意向も関わってきますので……」
表情と言葉を濁す王女。
「今はお前の意見を聞いている」
責め立てるような口調のベゼル様。
「そんな……。私の意見など……」
「では、承認するという事でいいんだな?」
「……それは」
俯き言葉を失う王女。
「申し訳ございません。アルレ様も急な話で困惑しておられます。少しお時間を頂ければと思いますが」
ミレイは静かに助け舟を出そうとする。
「ミレイ・アルロキアだったか。お前の事も調べさせて貰った。元愛玩奴隷ごときが俺に意見するのか?分をわきまえろ」
ミレイを一瞥し、冷ややかに語るベゼル様。
ミレイは眉間に皺を寄せながらも黙る。
「ベゼル御兄様!そのような物言いは……」
「お前もだアルレ。承認するのか、しないのかはっきりと答えろ」
ミレイを庇おうとした王女は、ベゼル様の一言で完全に萎縮してしまった。
ここまで来ると流石に僕も黙ってはいられない。
王女は脅され、ミレイも侮辱されている。
もとはといえば僕の問題だ。
当事者の僕が静観しているのは流石にいたたまれない。
そして、その横柄な態度に憤りを覚えたのは確かだ。
「茶番ですね。アルレ様の意見を聞くと言いながら、脅迫しているだけではないですか。それとミレイに無礼があったとしても、過去の話を引き合いに出すのは品位を欠く発言であると思いますが?」
取り敢えず、全ての無礼は僕が被ろう。
ちょっと勢いづきすぎてしまった感もあるが……いまさら後には引けない。
「へぇ?お前にはそう見えたか。で、それの何がいけない?」
ベゼル様は悪びれた風もなく僕に問い返してきた。
「いけなくは……無いですね。そう、それが階級制度ですから。ええ、間違いなどありません。ただ、そこから遠く離れた末端の立場からすると不快で理不尽だとは感じます」
「悪態をついて興味を削ごうとしているつもりか?まぁ、それだけ言うなら相応の覚悟はあるんだろうな?」
「ええ、一応は。私は貴方に就くつもりはありません」
「なるほど、そこまではっきり言われると小気味いい。当然だが、それはお前だけの責任では済まなくなるぞ?」
「っ……、いえ、これはあくまで私個人の意見でして……」
「そう簡単な問題でも無いだろう?主の言葉は従者の言葉であり、逆も同様だ」
僕はその言葉を受け、王女を見た。
王女は青ざめた表情でこちらを見ている。
「えっ……と、つい勢いあまってというか……。どうにか私の責任という訳には……」
僕は急速に勢いを失い弱弱しくベゼル様に訴えた。
ベゼル様はからかうような微笑を浮かべる。
「従者の無礼には心からお詫びさせていただきます。どうかお許しを!!」
王女は椅子から降り、床に座り、深々と頭を下げ訴えた。
王族にはあるまじき行為だ。
ここまでの事をさせてしまうと、自身の勇み足を反省せざる負えない。
「申し訳御座いませんでした」
僕も王女に倣い、同様に頭を下げた。
更にはミレイまで。
「なかなか壮観ではあるな。だが、俺はこんなものを望んでいた訳じゃ無い」
「はい。……しかしながら、大変恐れ多いのですが……。セルムの件に関しましては抗議させて頂きます」
王女は顔を上げ、座った姿勢のままベゼル様を見上げる。
「ほう。一応、聞かせて貰おうか」
ベゼル様は王女を鋭い目線で見下す。
それに応対する王女は、先程までの畏怖を露わにしていたものから一変し、凛とした表情に変わっていた。
「はい。セルムとミレイは私にとって特別で大切な従者です。ベゼル御兄様の申し出とあっても、簡単にお渡しするわけにはいきません!!」
はっきりと言い切る王女を見てベゼル様は笑みを浮かべる。
「そうか」
清々しさすら感じさせる表情のベゼル様。
「無礼に関しては、どう詫びれば良いのか見当がつきませんが……」
申し訳なさそうに俯く王女。
「今回は大目に見てやる。急な来訪をした礼だとでも言っておくか。……だがアルレ。その二人を傍に置くという事がどういう事か、しっかり自覚しておけ」
その言葉に王女は一瞬、怪訝な表情を浮かべた。
ベゼル様はそう言うと立ち上がり、従者二人を連れて部屋を出る。
去り際に王女が「有難うございます」と再び頭を下げると、ベゼル様は視線も合わせず「礼には及ばない」と言い残して去っていった。
ベゼル様が去ったのち、軽く放心状態となっていた。
そして「実際は話に聞いているほどの悪人ではないのでは?」とも、思えてしまった。
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