第85話


 魔力や魔術。

 魔人として生活している以上、当たり前のように行使されている力。

 その多くは魔力結晶や魔道具といった媒介をもって、魔力を増幅させ、術式を介して物理・心理現象へ変換して使用している。

 というと大層なものに聞こえるが、基本的には単なる生活の道具。

 一部の特殊な例を除けば、魔力を用いずとも同じ事が出来なくもない。


 魔力結晶とは基本的に、魔力の増幅と基本となる術式を埋め込むモノとして使われることが多い。

 それを組み込み、その効果を無駄なく発動するに適した形状と伝達術式を施されたモノを魔道具と呼んでいる。

 魔力を使わない物と比べて構造を簡略化出来たり、小型化や量産が容易になるのが魔道具の主な利点だ。

 それに魔人は誇りを持ち、人族への優位を感じていた。


 しかし、人族は人族で独自の文化を築いていた。

 人族は創意工夫により、魔力を使わず、使用者の能力によって大きく効果が左右されることの無い、誰もが安定して使える”道具”を生み出し始めた。

 前述の点から「魔道具よりも優れているのでは無いか?」という意見が魔人間でも認知され始めた。

 そこに危機感を覚えた魔人上層部は、魔人のアイデンティティともいえる魔力・魔術をより高い次元に昇華させようと考えた。


 その為に設立されたのが魔術大習院。

 魔術の学習だけでなく、研究・開発の要となる国家機関。

 便宜上は、生活の利便性・安全性の向上、魔人文化の発展と保存を理念として掲げている。

 所属する者達は最上級のエリートとして認識される。


 僕もそこに憧れた。


 だが、夢は叶わなかった。

 実力不足だったのだと納得するしかなかった。



 そんな失意の念に駆られていた最中、僕の元へ軍から通知が届いた。


 送られてきた通知の中身は軍への勧誘。

 僕の持つ膨大な魔力の事を美辞麗句で褒め称えられ、悪い気はしなかったが、多少は胡散臭さも感じていた。

 何しろそれだけ評価されているのに、僕は魔大に落ちたのだ。


 だが”ある人物”の”ある一文”によって、僕は軍務に就く事を決意した。


 『君の力は魔人を救える。共に未来を創っていこう』



  ◇  ◇  ◇



 軍に入った僕は、僕を推薦した人物の下に就くことになり、西の領地ガルブに配属された。

 僕を推薦した人物とは、現在、軍幹部の一人であるヒルロイド将軍。

 現代魔人界の英雄とされる有名人で、当時はガルブ統治軍総司令という肩書だった。

 「俺に着いてくれば後悔はさせない」という言葉にも感化され、若い僕は血を滾らせた。

 結果が今に繋がる以上、騙された感も無くはない……。


 僕が魔大を志望していた理由のひとつは魔人文化の発展……などという大それたものでは無く”僕を虐げてきた者達を見返せる立場になりたい”という虚栄心が強かったというのは自覚はしている。

 ただ漠然と偉くなりたかった。



  ◇  ◇  ◇


 

 ガルブ国境線が紛争地域である事は知っていた。

 だがそれは”紛争”と表現するよりも”戦争”に近かった。


 人族は湧いて出る様に編隊を組んで襲ってくる。

 魔人も同様に人族と対峙する。

 双方共に毎日激しい戦いが行われ、数多の命が失われていた。

 このような現実を僕は知らなかったのだ。



 配属当初、人族相手とはいえ”命を奪う”という事には大きな抵抗と罪悪感を抱いていた。

 だが、傍観していられる筈もなく、出来るだけ離れた場所から長所を生かし、視界に入らぬよう人族を駆逐していた。

 何度も嘔吐し、眠れず、精神は疲弊していった。



  ◇  ◇  ◇



 そんな日々の中、虚を突かれ、絶望的な状況に陥いる事になった。

 その時に初めて気が付いたのだ。

 ”殺さなければ死ぬ”のだと。

 そういう場所なのだと――



 どうにかその危機を脱した後、急に気分が楽になった。

 自分の立場を知り、相手の立場も知った。

 互いに覚悟の上での事。

 『仕方ない』

 自分が生きる為、仕方ない事なのだと。



  ◇  ◇  ◇



 その後の僕は――

 『殺した』数える事など不可能なほど。

 『殺した』踏み出した足で虫を踏みつける程度の感覚で。

 『殺した』罪悪感など微塵も感じず、ただ自然に。


 愉悦を感じる事は無かったが、自分の中から何かが欠落していっている事だけは自覚していた。

 比例?反比例?するようかの様に魔力が上昇していた実感もあった。

 その影響なのか、伸び悩んでいた魔術すらも上達した気がしていた。

 後に知ったことだが、勘違いでは無かった――


 魔術とは、魔力をいかに客観的で淡泊に行使できるかで効果が大きく変わる。

 端的に言うと、魔術で思入れのあるものを壊すのは難しい。

 当然、極論であり全てに当て嵌まる訳では無い。

 だがその側面は大きく、敢えて例としてあげるならば”自害に魔術を使用した場合の成功率は低い”という事だ。


 その頃の僕は、既に人族を”殺している”という感覚は無く、僕の視界に入ると勝手に消えているというような錯覚に陥っていた。

 いや、もっと酷かったかも知れない。

 僕はどうとも感じず、ただ勝手に消滅しているものだと眺めていた。

 完全に僕とは無関係に起きている”何か”……。



  ◇  ◇  ◇



 ”ある事件”を切欠に、そこから目を覚ますことが出来たのだが、手遅れだったとも感じている。

 すでに僕が”消して”いたのは敵だけでは無かった。


 そこに気が付いた頃、中央内政局への移動を命じられた。


  ◇  ◇  ◇



 魔大の研究成果を優先して導入されるのは軍。

 結局のところ魔大も軍事だったと理解し、急激にそれらへの興味が失われた。

 一時は魔術が使えなくなったほどに……


 そしてもう一つ知ったこと。

 僕は魔術実験用の魔力供給源でしかなかったのだ……


 

  ◇  ◇  ◇



 そんな事があって尚、心の奥底では未だ魔力こそが存在価値だと感じてしまっている。

 依存と言えるかもしれない。

 いまさら自身の行いを悔いる訳にもいかない……。

 だが、肯定もしたくはない。


 だからこそ、王女にはその力を行使して欲しくないと思っている。

 実に自分勝手で、都合の良い考えなのだが……。

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