第80話
僕は領主邸近くに用意された宿泊施設に向かっていた。
ウォレンとルディーデ君は領主邸内に泊まるという事なので二人とは領主邸で別れた。
王女とミレイは王族用に用意された場所に泊まっているはずだが、今回僕だけは別の場所を用意されていた。
むしろ、ちょうど良かったかもしれない。
歩きながら、今日の出来事を整理していた。
・ガウェン様を襲撃したのは”ファウダ”と呼ばれる勢力の可能性が高い。
・そこにはガウェン様の弟であるウェラール様や、第二王子ベゼル様が関与している可能性がある。
・ガウェン様の襲撃というところだけに焦点を当てればウェラール様の関与や目的は見えてくるが、単なる御家騒動とも考えづらい。何かもっと別の目的がある気もする。
・ベゼル様が関与しているとして、ベゼル様はウェラール様にエストを収めさせ、その力を使おうという事なのだろうか?
と、整理しようと思っても上手く纏まらない。
不確定な部分が多すぎる。
「よう、セルム・パーン」
暗がりからいきなり声を掛けられ僕は身を震わせて驚く。
少ない街頭の明かりを頼りに目を凝らすと――そこにはベゼル様が居た。
「っっベっ、ベゼル様!?」
僕は分かり易く動揺する。
仕方の無い事だ、こんな路地に一国の第二王子が居るなど予測できない。
「期待通りの反応で嬉しいな」
ベゼル様は嘲笑する。
「あっ、えっと……はい。でっ、でも、なっなぜ、こんなところに!!?」
「お前を待っていたんだ」
「はぁっ!??」
状況が理解できない…………が、思い当たる節が無い訳でもない。
ひょっとすると僕は今、もの凄く危険な状況なのではないだろうか?
心当たりがある以上、警戒心は拭えない。
僕は少し身構える。
「そう警戒するな、っというのは無理か。俺の方もだいたいの察しはついている。……その上でだ。俺の下に就け、お前の能力は買っている」
ベゼル様は鋭い目つきで僕を見て言った。
衝撃的な発言過ぎて完全に思考停止しかけた。
だが、一拍間を置き、呼吸を整え、何とか冷静さを保つよう尽力した。
具体的なことは何も言っていないが、今日の一件に関係はありそうだ。
だがあくまで、ガウェン様の話を念頭に置いた場合という事であり、確証は得られない。
もしかすると、これは陽動なのかもしれない。
僕を従えようとしているのは本題ではなく、ガウェン様の考えを探る事が目的なのでは?とも考えられる。
僕を懐柔しようとしているのか?
「唐突すぎて話が見えません。まず”察し”というのは何でしょうか?」
場の流れに沿った形でベゼル様の真意を探る事にした。
惚けながら逆手に取ろう。
「へぇ……なかなか冷静だな。だが、今質問しているのは俺だ。この意味は分かるよな?」
反論の余地は無いという事か。
つくづく権力とは理不尽だ。
「私の一存では決めかねます。あくまで私はアルレ王女の従者ですから。それに、この辞令は王からの命令でもありますので……」
こういう場合、相手側のルールに乗っ取った正論で返すのが一番だ。
虎の威を借りる何とやらだが、間違いではないはずだ。
「その二人が納得すればそれで良いと?そういう事で良いんだな?」
念を押すように訊ねてくるベゼル様。
僕は返答を躊躇する。
だが、その二人が了承した場合、僕個人の意見など無いに等しいのは確かだ。
「……従わぬ訳にはいきませんね」
「……そうか、分かった」
ベゼル様は微笑を浮かべ、僕に背を向けた。
次の瞬間、ベゼル様の両脇に忽然とローブを纏った者が現れた。
いや、正確には、ずっとそこに”居た”のかもしれない。
動揺していたとは言え、まったく気付いていなかった。
己を過信している訳では無いが、それには相当に驚いていた。
僕はそこまでボンクラでは無い筈……。
嵐の様な出来事に呆気にとられ、意図を探るどころか有用な情報の一つも入手出来なかった。
それどころか、大変な状況になったのかもしれない。
王女がベゼル様の命令に抗うとは思えない。
そして王の真意が分からぬ以上、あっさり了承されてしまう可能性もある。
そうなると、僕はガウェン様と敵対しなくてはいけない可能性が出てきたという事か?
これを危惧して、ガウェン様は先の忠告をしたのか?
あぁ、考えれば考える程、訳が分からなくて胃が痛くなる。
ただ今は、極度の緊張の糸がほぐれ、身動きが取れずその場にへたり込んだ。
◇ ◇ ◇
翌日、内輪の者のみを集めた極小規模の就任式が領主邸内で慎ましやかに行われた。
ガウェン様は晴れてエスト領主となった。
更に正確に言うと国宝を持ったままの僕が領主になっている瞬間だとも言えよう。
早く手放したい……。
そして、そこには王女の姿は無かった。
ベゼル様の姿も……。
他意は無く、純粋に万が一の事態を危惧しての事だという。
ウェラール様が出席していた為警戒は解けなかったが、式典は無事に終了した。
◇ ◇ ◇
式典が終わり、ガウェン様からは謝辞を述べられ、ルディーデ君は王女や僕の身を案じる言葉を掛けられた。
余談だが、ここでも国宝の返却は頑なに断られた。
取り敢えず持ち帰り、王女と相談する事にしよう。
ウォレンからは些細な事でも情報共有するように求められた。
そうして僕はセントラルへと帰還する。
早速、ウォレンを裏切る形になり罪悪感は感じていたが、先日のベゼル様との接触の件は話さなかった。
全てが不明確な話の上に、気持ちの整理が出来ていない問題だ。
その事で要らぬ不安を与えぬよう配慮したのだ。
僕の力でどうこう出来る問題では無いようにも思うが、誰かに相談する前に指針だけは確立しておかないといけないと感じたのだ。
色々と荷物の多い帰還となり、竜車の中で大きく溜息を吐いていた。
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