第79話
ガウェン様は以前からベゼル様に不審感を抱いていたようだ。
その理由の一つとして存在するのが”ファウダ”という組織。
だが、その”ファウダ”という呼称も俗称でしかないという。
国としても、名目上は「民衆の混乱を避ける為」という事で”その組織”については公にしていないらしい。
比較的安定しているとはいえ、デアラブルは大きな国だ。
その為、各地では様々な確執がある。
それは当然、人族とではなく魔人同士。
魔人と定義されるものの幅は広く、その優劣を競うような争いが絶えないのだ。
だがここ数年、そういった争いが徐々に減少傾向にあった。
喜ばしい事ではあるのだが、長く続いていた軋轢が突然収まるのは不自然でしかない。
これについては僕も多少は違和感を感じていた。
大きな法改正などのわかりやすい変化があったのならば、納得が出来るところだが、そういった話は耳にしていない。
ならば何故?というところに”ファウダ”が関与しているという。
推測されている彼達の手口は単純明快。
対立勢力の片方に加担し、相対する勢力を圧倒する。
とどのつまり傭兵団のようなものか?と、ガウェン様に尋ねたところ、返答は否であった。
ガウェン様の推測はテロ組織か、国の暗部。
その理由として挙げていたのが――
・歴史的に長く続いてきた争いを終結させられるほどの勢力だというのに、正確な数も目的も不明である事。
・その構成員どころか、関わりがある(あった)という者すら存在しない事。
・そしてその動向を国が取り立てて問題にしない事。
過去にはごく僅かだが”その名”を語った者もいたらしい。
だが、真偽は定かでないという。
そして最近ではそんな事をする輩は一切現れないとも言っていた。
何故なら”その名”を口にした者達は全て、見せしめのような形で惨殺されているからだ。
そこに”ファウダの粛清”と記されていた事から、組織名として定着していったという。
そこまで目立ちそうな事をしても尚、正体が掴めない事実には何か大きな後ろ盾と隠蔽工作がある筈だと、ガウェン様は考えているようだ。
そして実際、国としては損害よりは利の方が大きいのだという。
有力貴族たちへの謀反の牽制をを含め……。
確かにそれならば”国として”は表立ってできないことを”存在しない組織”に任せてしまった方が、色々と都合が良い。
となると、テロ組織ではなくやはり裏の国家機関なのではないか?と思えたのだが、そこにもガウェンは違和感があると言った。
ファウダの名の下に殺された者の中に、リオン様の実母であるリビエラ様が含まれているからだと……。
リオン様はその事を知らないようだが、ヴォルグ王は間違いなく知っているはず。
政治的にどのような意図があったかまでは知り得ていないようだが「少なくともヴォルグ王はそのような事を是とする御方ではない」とガウェン様は断言していた。
つまりは王の知らぬところで行われている政治的活動。
そうなるとテロリズムの線が濃くなるか……。
なぜベゼル様の関与を疑うのか?という質問をした。
リビエラ様の死を鑑みれば理解できなくも無いのだが、念のため聞いておいた。
その質問へのガウェン様の返答はこうだった――
ファウダの関与が疑われるような事件が起こる度、ベゼル様は王位継承という観点からすると不利な立場に追い込まれているという。
なぜなら滅ぼされるのは名目上ベゼル派であったり、反リオン派が多いのだという。
それならばリオン様、もしくはリオン派が主導しているのでは?と、考えるのが自然。
微妙に話が捻じ曲がっている気もしたが、そう思わざる負えない。
だが、ガウェン様は首を横に振った。
そして――
「あくまで、私の知る限りですが……」と、前置きし、ベゼル様の人物像を語った。
ガウェン様をもってして、計り知れない人物だという。
更には相当な切れ者だと。
日頃の振る舞いから、自身が王になろうという野心はまったく感じられない。
国を憂うとか、兄を献身的に支えようという部分も見受けられない。
自身の境遇に使命感や責任感、閉塞感も一切感じていない様子だという。
だが、呑気という訳でもなく瞳の奥に見え隠れする、野心とは違う”何か”を隠し持っている。
その不明確な”何か”こそが”ファウダ”に繋がるものでは無いかとガウェン様は考えているらしい。
そこまで言って「曖昧で申し訳ありません」と、ガウェン様は頭を下げた。
その後に「更にもう一つ」と続けた。
「彼は不利な状況を愉しむ癖もあります。ただ、最後にはどんな手段であっても達成しようとしますが……」と言った。
その話を聞いたところで、やはり釈然としない。
僕ごときが全てを理解しようということ自体、おこがましい考えなのかもしれないが……。
◇ ◇ ◇
ガウェン様との会談を終え、僕、ウォレン、ルディーデ君は部屋から出た。
少し歩いたところで三人共、足を止めそれぞれ深く溜息を吐く。
「えっ?セルムさんもですか?」
ルディーデ君は溜息を吐いた僕を見て驚く。
「当然だよ?突然あんな話を聞かされれば」
「セルムさんは何か気付いていたのかと」
「ガウェン様も君も買いかぶりすぎだよ。正直、なにがなんだか……」
「何を仰いますか、貴方はアルレ様の従者では無いですか?」
「うん。でも、それだけ。正直、アルレ様の事ですらあまり理解できてる自信は無いしね。それに、そういうならウォレンはリオン様の親衛隊員だ」
「あっ、申し訳ありません」
ルディーデ君はウォレンに礼儀正しく頭を下げた。
「いや、良いって。ただ、俺達がそういう立場だからこそ危惧したんだろうな。簡単に口車に乗せられぬように」
ウォレンは優しい口調で言った。
彼の言う事は正しいだろう。
ガウェン様からは協力しろとは言われていない、ただ注意を促されただけ。
結局、ガウェン様が狙われた理由についての説明は無かった。
もし”ファウダ”が国の暗部だった場合、国として排除する対象とされたことになる。
テロだったとしても、一部にガウェン様の領主就任を快く思わない勢力が居る事となる。
敵が何なのか分からぬ以上、僕等も呆けてはいられない。
「ああ、確かにそうかもね」
納得がいった訳では無いのだが、僕はウォレンの言葉に頷く。
「しかしまぁ、シモン君。随分とセルムと仲良くなったみたいだな?」
ウォレンはルディーデ君に話し掛けた。
「あっ、はい。臨時でアルレ様の護衛に就いた際にお世話になりまして」
「ガウェン様とも親睦を深めたみたいだし、いったい何があったんだ?」
ウォレンは僕に尋ねてくる。
「色々とあってね。少しは話を聞いてるんじゃないの?」
「セルムと会ったって聞いたくらいだ。俺はそんなに暇じゃない」
小馬鹿にしたように僕を見るウォレン。
「僕だって暇では……ないけど。職務上、顔を合わせる事が多くてね」
「そうか……でだ、それなりの交流がある事が分かった上で、真面目な話をさせてもらう。今の話を聞いた以上、俺等も腹を決めて置かなければいけないとは思うんだが、お前達はどう思っている?意味は分かるよな?」
一変して真剣な表情に変わるウォレン。
僕とルディーデ君はその言葉を受け、考える。
「私は、ガウェン様を御護りするのが使命です。例え誰が敵であったとしてもそれは揺るぎません」
迷いの無い瞳で言い放つルディーデ君。
嘘偽りや、表面上だけの言葉で無い事は十分に感じ取れた。
その純粋さが少し羨ましい。
「そうか、セルムは?」
感心したように頷いたウォレンは、僕に返答を促す。
「そうだね……ルディーデ君の誠実さの後になんかごめん。取り合えずは傍観させてもらう。立場上、色々と難しいってのもあるし、半信半疑ってのもある……。ガウェン様は何も具体的な事は言っていないし……。疑っているって訳では無いんだけど、本人も言っていた通り、確証が無い以上は何とも言えない。それに、僕が仕えているのはアルレ様だ。ルディーデ君ほどの忠誠は誓えないかもしれないけど、それでもアルレ様に危害が及ぶ事は避けたい。……まぁ、その辺の事情を抜きにしたとして、ベゼル様とガウェン様のどちらに着くかの二択を迫られたのなら、例え不利でもガウェン様に付くつもりではいるけどね」
言い出し辛い内容だったので、とぼけた口調で言った。
「もし、リオン様がベゼル様と通じていたとしてもか?」
鋭い視線を向け、僕に問い掛けてくるウォレン。
「ごめん。意見は変わらない、個人的な優先順位ならリオン様よりもガウェン様の方が上だ。リオン様はあんまり得意じゃないしね……とはいえ、ウォレンが関係している以上は悩む所なんだけどさ」
僕は馬鹿正直に答えた。
「っはは、そうか。うん。俺もそういう事態は避けたい」
困った様に笑うウォレン。
「ああ、僕はどういった事態も避けたいよ」
そう言って僕は再び溜息を吐く。
「私も、セルムさんやファーネル様と敵対するような事態は避けたいです」
ルディーデ君は呟く。
その言葉に僕等は互いに愛想笑いを浮かべた。
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