第78話


 思い付く疑問はいくつかあった。

 中でも特に気になった部分を取り上げて話した。


 先ず、賊が白兵戦を仕掛けてきたこと。


 わざわざ目立つような事をしなくても、結晶だけ投げ入れて発動させれば済んだ事だったのではないだろうか?

 その方が襲撃の成功率は上がった筈だ。

 私感でしかない上に、正確にはどんな魔術だったかも知り得ないのだが、おそらく物理干渉系。

 その威力は来賓の居る舞台と壇上のガウェン様を巻き込めるくらいはあったと思う。たぶん……。


 発動に時間が掛かり、時間稼ぎが必要だったのか?とも考えた。

 だがそうなると、待機魔力反応をまったく感じなかったというのが不自然だ。

 つまり短時間での発動が可能な魔術だったのではないかと推測できる。


 続いて”いつ”仕込まれたのか?という事。


 白兵戦を仕掛けてきた賊が仕込んだ可能性は高い。

 だが、それならばより前述の方法をとれば良いワケで、やはり白兵戦の意味が無い。

 むしろ白兵戦により、警戒され、避難する時間を与えてしまうだけだ。

 実際に発動されたのもそんなタイミングだった。


 という事は逆に”避難する”事が前提であったのでは無いかとも考えられる。


 そうなると、画策したのは舞台上に居た”誰か”の可能性が高まってくる……。



 「……ウェラールだと思いますか?」


 黙って聞いていたガウェン様はふと呟いた。 


 「それは……」


 僕は言葉に詰まる。


 「もしくは、ベゼル様あたりを疑っておられるのですか?」

 「えっ!?ベゼル様ですか?いっいえ……流石にそれは」

 「……そうですか」


 何故にベゼル様?

 客観的に見て、下克上という名目ならばウェラール様を疑うのは理解できる。

 だが、上位の存在であるベゼル様が仕掛けてくる理由が思い付かない。

 そこには何かあるというのか?



 「有難うございます。概ね私の見解と相違なさそうですね」


 ガウェン様は言いながら、少し寂しそうな表情を浮かべた。


 「”概ね”という事は完全に一致ではありませんよね?相違点を教えて下さい」


 ここまで話した以上、今度は逆に教えて貰いたい。


 「ええ、もちろんお話ししましょう……。まず、私を襲ったのはおそらく”ファウダ”と名乗る義勇軍だと思います。そして、そこには弟が関与している可能性が高く、更にはベゼル様の関与も噂されております……。此度の一件での客観的な意見を聞き、それを覚悟する後押しが欲しかったのです。……ただ、現段階では何の確証も無い事ですので軽率な行動は出来ませんがね……」


 ガウェン様の発言に僕等三人は表情を顰めた。


 義勇軍の話は別として、ウェラール様の犯行である可能性は少しばかり考えていた。

 ガウェン様の手前、言い出すことは出来なかったが……。

 しかし、ベゼル様の名が挙がってくるのは完全に想定外。

 とはいえガウェン様が言う以上、ある程度の根拠はあるのだろう。


 だがもし、こんな発言が外に漏れれば、いかに領主とはいえ問題となる筈だ。

 それだけ僕等を信用しているという事なのか?

 ……いや、逆かも?



 「私は、例え誰が敵であったとしてもガウェン様を御護り致します」


 ルディーデ君は決意を言葉にして、頭を下げる。


 その忠義には素直に感心した。

 僕も同様の返答をした方が耳障りは良いのかもしれないが、それはどうにも胡散臭い。

 そして多分、ガウェン様も僕にそのような答えを望んではいないだろう。

 なら、何と言うべきか……。


 「なかなか物騒な発言ですね……。ですが、僕はあくまでアルレ様の従者であり”王族側”ではありますよ?ガウェン様とベゼル様を秤にかけた場合、心情的にはガウェン様側に付きたいですが、アルレ様が巻き込まれるような場合、どちらに付くかはわかりません」


 下手な忖度をしない発言の方が間違い無いか。

 無いとは思うが、ガウェン様が国家転覆を狙っている可能性も考慮していた。


 僕に意見を求めた真意には”間者ではないか?”という探りの意味もあった気がする。

 ならば僕の立ち位置を明確に発言する他、方法が無かっただけだが。

 さて、どう捉えられたのか……。


 しかし、そんな信じ切れていない相手に国宝を渡すというのは……リスクが大き過ぎる。

 ひょっとして”コレ”、偽物か?


 「ふっ。試すような真似をして申し訳ありません。ベゼル様が貴方に一目置いているとの噂も耳にしておりましてね。念の為です。疑った罪滅ぼしがその国宝ですよ」


 あっさり信じて貰えた様子なのがまた怖いが、その言葉を平然と言ったガウェン様が尚のこと恐ろしい。

 まかりなりにも領主という地位を確立させるための国宝だぞ?

 それに、どこでそんな噂が?誰が流している?

 花火の一件の事だとは思うが、あの時の事を知るものはいない筈。

 ベゼル様本人が流布しているとでも言うのか?

 謎は多いが、ここはひとまず――


 「信じていただけて何よりです。……では、これはお返しします」


 僕はダーインの遺産を返そうとする。

 が、ガウェン様は受け取らない。


 「それはアルレ様にお渡しください。エストがアルレ様に忠誠を誓う証です」


 重い!僕が持つには重すぎるのだ!


 「ガウェン様から直接アルレ様に渡していただく方が良いのでは?」

 「貴方からの方がアルレ様は信用するでしょう」


 にこやかに答えるガウェン様。


 ひょっとしたら”コレ”は、贈賄的なものでは無かろうか?

 それを僕にさせる為の仕込みがここまでの話だったのかもしれない。

 国内の勢力図を書き換えてしまうような”コレ”を、アルレ様が持っていなければ、それはイコール僕の裏切りになってしまう。

 本当は”それ”で試すつもりだったのか?

 


 「すまん、訳が分からない。どういう事だか分かり易く説明してくれ」


 ウォレンが僕に尋ねてくる。


 「分かり易くか……もの凄く簡単に言えば、僕が賊の間者じゃないのか疑われて、同時にベゼル様には気を付けろって言われただけ」

 「えっ?いや、そうは言われても、な……。ベゼル様に気を付けろってのは、なかなか……」

 「そこは難しいけど、ベゼル様からはなるべく距離を置いておいたほうが良いのかもしれない。出方次第ではそんな悠長な事も言っていられないかもしれないけど」


 「そういう事ですね」


 ガウェン様は静かに頷き、相槌を打つ。


 「襲われる可能性もあると?」

 「まぁ、一応僕等には後ろ盾があるから、表立って襲われる可能性は低いと思うけどね……。とはいえ本当に”義勇軍”と繋がっているなら、そっちを使って、ていうのはあるかもね」

 「まさか……俺達ごときに」


 ウォレンは半信半疑といった様子で苦笑した。


 「今回の件で僕等がガウェン様と懇意だって知られちゃったから、或いは……ね」


 そう、もし今回の件にベゼル様が噛んでいた場合、あの白兵戦により目立ってしまうのはエスト兵以外の僕等。

 特に面識のある僕……。



 「……では、もう少しだけ、お話しましょうか」


 ガウェン様は会話に割って入り、話を始めた――  

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