第73話


 エスト領の最大都市シャルグ。

 その中央に位置する催事広場には多くの人が集まり賑わっている。


 ここで今日、ガウェン様の領主就任式典が行われる。



  ◇  ◇  ◇



 「快諾していただき本当に助かりました」


 会場に向かう竜車の中で、僕の対面に座るガウェン様はにこやかに言う。


 「快諾……ですか。まぁ、ガウェン様からすればそうだったかもしれませんねぇ……」


 僕は竜車の外を眺め呟いた。



 護衛の件については王女から質問責めに遭った。

 ガウェン様からの頼みという事で、その件は渋々納得していたが、機嫌は損ねたようで到着が遅れた事を叱責され、その後も愚痴と嫌味を言われ続けた。


 ただ、例の話し合いの後、暫く王女は少し”大人しく”というか、どこか”よそよそしさ”もあった。

 悪態がつける程には回復してきたと受け取ってよいのだろうか?

 現状ではなるべく面倒事は避けたかったのだが、今後のエストとの関係を考えると断り辛い案件ではあった。



 「アルレ様から何か言われましたか?」


 複雑な心境を察するかのように、訊ねてくるガウェン様。


 「いえ、別にそういう訳では……」


 僕は、少し言葉を濁す。

 妙な軋轢を生むのは望ましくない。


 「はは、何となく想像はつきます。アルレ様……というか、敢えて分けるならアルレ王女ですかね?彼女なら文句の一つや二つ言うのかもしれませんね」


 ガウェン様は笑って答えた。


 「……どういう意味でしょうか?」


 僕は言い回しが気になり訊ねた。


 「隠そうとしても分かりますよ。今の”アルレ様”は私の知る彼女とは大きく違います。貴方の話した会話の端々に、少しだけ私の知っている”アルレ王女”が見え隠れしていましたから。つまり”アルレ様”は演じている姿であり、”アルレ王女”とは差異があるのでは?」


 当たり前の事の様に話すガウェン様。

 まさか本質を見抜いている者が僕ら以外に居るとは。


 「まるで二重人格ですね。因みに、ガウェン様の知るアルレ様……いえ”アルレ王女”とはどんな人物なのですか?」

 「そうですね、幼少期の彼女の印象は……内向的で排他的……という表現が正しいのか分かりませんが、そんな方でした。無口で、人前に立たず、いつも誰かの影に隠れていました。ただ大人しい訳では無く、自身の領域に他者が踏み入れようとすると、途端に敵意を剥き出しにする」

 「凄く面倒臭くて近寄りがたい人ですね」

 「ええ、多くの者が手を焼いたと思います。私は興味深かったですけどね。どんな風に成長するのか」


 意地の悪そうな笑みを浮かべるガウェン様。


 「そう言える貴方も大概かと思いますが」

 「ええ、私も自覚していますよ。そして、アルレ様が表裏を使い分けられるようになったのも、アルシェット様が導き、そして貴方のような方が存在するからだと思います」


 ガウェン様は僕に向かって微笑む。


 「……何故、僕なんでしょうか?」


 僕はガウェン様に問うつもりではなく、無意識にと呟いた。


 ここで解が出るとは思っていない。

 だが、何かを知っている者から、少しでもヒントを得たかったのかもしれない。


 「それは私にも分かりません」


 静かに目を瞑るガウェン様。


 「もしかして、ガウェン様は全て知っているんじゃないですか?」

 「いえいえ……それどころか、知らない事だらけですよ。だからこそ、貴方に無理を言ってまで護衛をお願いしているのです」


 茶化す様子ではなく、真剣な表情でガウェン様は言った。

 彼には彼なりの不安があるのかもしれない。


 今回の護衛の件も、ただの酔狂と言うなら僕は断っていただろう。

 だが、ガウェン様はこの式典でのクーデターを懸念していた。

 そういった勢力が生まれつつある事までは掴んでいるようだが、首謀者や規模については確信を得ないという。

 前回の作り話も、全くの虚言では無かったという。


 まぁ、いくらボンクラの僕とはいえ、多少の察しはついていた。

 「問題視すらされていない脆弱な勢力を気にする必要は無いのでは?」と、提言したが、ガウェン様はその裏に、国家内重要人物が暗躍している可能性があるのが問題だと言っていた。

 疑いのある者の名を挙げる事は躊躇していたが、唯一人だけ教えてくれた。

 ――実弟、ウェラール様だ。

 理由については言及しなかったが、そこまで聞けば多少の察しは付く。

 自身がトップに立てないならば……って所か?


 ついでに、僕が選出された理由についての説明もしておく。


 エスト領はデアラブル国内で、セントラルに次ぐ軍事力を有している。

 だが、物理面に傾倒していて、魔術面が疎かではある。

 領内では魔術を軽んじる風潮もあり、優秀な魔術師はセントラルもしくは他領に出て行ってしまうことが多い。

 加えて魔術・魔力の軍事運用を是としない和平派も多く、魔術=軍事力としない体制も原因ではある。

 あくまで、表向きはという話だが……。


 流石にガウェン様の警護に当たる魔術師団が全くの無能集団ということは無いだろうが、一抹の不安はあるのだと言っていた。

 そこで、術はさておき、魔力の面だけならば一定の評価がある僕に話が回ってきたと言うわけだ。

 一応、魔術大習院志望だったので、術もある程度は習得してはいるのだが……。


 ともかく魔術防衛の補強のという理由から、僕があてがわれたという訳だ。

 エスト国内の魔術師団から不満の声が上がるのでは?と訊ねたが、そこは護衛ではなく、王族との親交の証として参列させるという名目にしてあるとの事。

 王女の方は王族専用の来賓席が用意してあり、ガウェン様よりも安全面は強固にしてあると言っていた。

 「結果として私の警護が手薄になってしまっているのはどうかと思いますけどね」とガウェン様は苦笑していたが……。

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