第72話
アルシェット様についての話し合い後は、暫く平穏な日々が続いた。
その心中までは計り知れないが、表面上は穏やかだったと言っていいだろう。
互いに『今はその話題を出さぬ方が良い』と判断したのだ。
そんなこんなで、気が付けば、ガウェン様のエスト領主就任式典の日が近付いていた。
当然、王族は招待されているし、僕とミレイも招待客に含まれていた。
月イチで訪問している僕としては、エストへ赴く事に新鮮さを感じない。
今回は僕だけ王族専用竜車では無く一般竜車を用意して貰い、現在移動中。
理由は知っての通り……。
王女の乗る竜車にはリオン様も同席しているというので、本当に良かったと感じていた。
実は、王女達と”アルシェット様”について話しの合いをした後にも一度エストを訪れている。
その際には何も尋ねなかった。
式典の準備もあり、あまり時間を取れなかった事と、何となく後ろめたさを感じたからだ。
だがやはり”ひとつ”だけ、確認しておかなくてはいけない事がある。
◇ ◇ ◇
「お待ちしておりました、セルム様。本日は遠路はるばるお越し頂き誠に感謝しております」
僕がエスト領主邸に到着すると、わざとらしく両手を広げて歓迎するガウェン様が近寄ってきた。
「何の真似ですか?今更、そういう面倒なのはいいですから」
僕はおざなりな言葉で返す。
「一応の形式上は来賓ですから。他の方々と同じ様に歓迎しないといけませんので」
「難儀な立場ですね」
「仕方の無い事です」
困った表情を浮かべるガウェン様。
「セルムさんも到着しましたか」
邸内からルディーデ君が駆け寄ってきた。
「ああ、久し?ぶり。アルレ様達は?」
僕は軽く手を挙げ、尋ねた。
「アルレ様達は、お越しいただいた頂いた貴族の方々と歓談しております」
ルディーデ君は答えた。
「ガウェン様はこんなところに居て良いんですか?」
「良いんですよ、私は式典の準備で忙しいと言ってありますから」
僕の問いに、ガウェン様はいたずらに笑って答えた。
「まったく、真面目なんだか適当なんだか……」
僕は呆れ顔をする。
「それよりもセルムさん。少し話があります、お時間よろしいですか?」
「僕は大丈夫ですけど、ガウェン様こそ本当に大丈夫なんですか?」
「はい、父が応対しておりますから。弟もおりますし」
「……なら良いですけど。丁度、僕もお伺いしたい事がありますし」
そういえば、ガウェン様には弟がいると言っていたな。会った事は無いが。
「そうですか。ルディーデ、アルレ様達にはまだセルムさんが到着した事は伝えないでおいてくれ」
「えっ?お伝えしないのですか?」
不思議そうな表情をするルディーデ君。
「ああ、伝えてしまうと顔を出さない事で要らぬ心配を生むからね。私はセルムさんと少し話がある」
ガウェン様は優しい口調で言った。
「……かしこまりました」
ルディーデ君は頭を下げる。
「では、セルムさん。こちらへ」
ガウェン様は僕を邸内へ案内する。
それに従い僕はガウェン様の後を追う。
◇ ◇ ◇
「嘘まで吐いて、何の話ですか?」
見知った応接室にて、テーブルを挟みガウェン様と相対している。
「先ずは、そちらのお話からどうぞ。もてなすのも主人の役割ですので」
「そうですか。ならばお言葉に甘えさせていただきます。あまり時間も無いようなので単刀直入に聞きます。何故、アルシェット様が他界している事を教えてくれなかったんですか?」
僕は意を決し、懐疑的な瞳でガウェン様を見た。
今更、ガウェン様を疑いたくはない。
だが、あそこまで情報を開示しながら、最も重要かと思える事を伝えなかった理由が分からない。
よもや知らなかったという事は無いだろう。
「アルレ様から聞いたのですか?」
「ええ、実は前回会った時、既に知ってはいたんですがね。私情が絡んで訊けなかったんですよ。ただ、やはり確認しておかねばならぬ事と判断しましてね……。今後を考えると……」
「そうですか。混乱させてしまい申し訳ありません。悪意があった訳では無いんです。ただ、少し思うところが有りましてね……」
「思うところ?」
「これから話す事は個人的な憶測を多く含みますので、その事を理解した上で聞いてください」
「どういう事でしょうか?」
「私は、あの方が生きているのでは?と、考えているのです」
あっさりと答えてくれた事も意外だったが、それ以上に衝撃的な内容を伝えられ反応に困った。
「それは……?と、とりあえず、その根拠を教えて頂いてもよろしいですか?」
「ええ、いいでしょう……」
ガウェン様はこれまたあっさりと話し始めた――
アルシェット様の死には不可解な点が多いと言う。
人族とはいえ、王族とも関係が深く、国内外に自由に出入りを許されていた。そんな重要人物の死が、明確な死因も不明、場所も曖昧というのはなんとも異様。
加えて、葬儀も行われず死体を確認した者も公表されていない。
死を裏付けるものが何も無い。
ならば何故、多くの者がその事実を受け入れたのかといえば、王自らが公表したからだ。
元より、魔人貴族達から良くは思われていなかったようで、関心が薄かったのか、あまり疑われることも無かったという。
そうして多くの者が信じた結果、真実となった――
というのが、ガウェン様の推論。
ならば『何故そんな事をしたのか?』という理由についてだが、そこはまだ推論として話せる程には固まっていないと言っていた。
王すら巻き込んでいる以上、重大な理由があるのだろうとガウェン様は考え、色々と調べていたらしいが、未だ信憑性の高い手掛かりは掴めていないという。
少し時間を遡る話ではあるが、上記の事を調べながら暗中模索している際に、大勇者脱獄事件の報を受け、聞き覚えのある僕の名を耳にしたらしい。
その時は思わず僥倖だと感じたらしい。
僕としては不幸な出来事でしかなかったが……。
その後、僕が王女の従者になったことを知り、自然な形で接点を持とうとしていたようだが、なかなか機会に恵まれなかったという。
そこに来て、王女のエスト訪問。
話を聞いているとはいえ、初対面の人物。
なんとか接点を持ち、どんな人物か見定める方法を画策していたらしい。
種明かしをされれば、やや不自然だと感じていた部分にも納得はいく。
この話を僕が聞かされているということは、及第点はクリア出来という事なのだろうか?
そして、僕の存在が”アルシェット様生存説”の可能性を高めていると言っていた。
アルシェット様は「自分で果実を摘めない種は撒かない主義」だとガウェン様は語ったのだ。
そこには不測の事態がある可能性も?と考えたが、口には出さなかった。
だがもし、その場合”果実”とは何を指すのだろう?
ここまで聞いた上で、アルシェット様の情報を再度整理する事にした。
結果、僕が想像している人物像とは少し違うのかもしれない。
王女が懐き、ガウェン様が尊敬する人物……。
独特な魅力は持っているが基本的には変わり者。
そこでも再び重なる――
無邪気に笑い、捉えどころが無い、それでいて、何故か惹き込まれる。
まるで全てが”遊び”だとでも言わんばかりに楽しんでいる、少年のような人物。
僕に魔術を教えてくれた”彼”は、そういう人だった気がする。
勝手な思い込みかもしれないが、どうしても結び付けてしまう。
もしそれが真実だとするならば、僕は単にその遊びの駒として使われているのだろうか?
彼と出会ってからの全ての事が、彼の盤上の出来事だと?
だとすれば、今をどう感じているかは置いておいて、あまり気分の良いものではない。
王女やガウェン様に八つ当たりする気は無いので、本人が生きているというならば言いたい事が山程ある。
是非とも生きていて欲しい。
「さて、貴方の質問には、誠心誠意お答えしました。次は私のお願いを聞いていただけますか?」
にこやかに訊ねてくるガウェン様。
先にこちらの要望を請けて貰えた以上、無碍には出来ない。
「一応、聞くだけは聞きます。協力できるかはそれから考えます」
エスト領主に対して失礼であるとは自覚しながらも、渋々頷いた。
「相変わらずセルムさんですね。そちらの方が安心しますよ。そして、私がお願いした後、難色を示しながら了承して貰える未来も見えています」
自信満々に唱えるガウェン様。
その為に先に話を聞いたのか。
「まぁ、エスト領主様の命令とあっては断る訳にはいきませんね」
ちょっとした仕返しのつもりで、皮肉を交えて言った。
「……その言葉には、少し傷つきますね」
僕の意図に反し、表情に翳りを見せるガウェン様。
少し罪悪感を感じた。
今までの色々な事を考えると、ガウェン様は権力を振りかざすことを王女同様、望んではいないのかもしれない。
「すいません。冗談です。少し悪ふざけが過ぎました」
僕は頭を下げた。
「そうですか。冗談ですか。そういった対応をしていただける事には少し嬉しさを感じますけどね」
ガウェン様は取り繕った様に微笑んだ。
更に断り辛くなった。
そもそもここまでを計算に入れていたのかもしれない。
そういった、したたかさが王女と違う部分だ。
「で、お願いとは?」
「はい、明日の式典。私の護衛に就いて頂けないでしょうか?」
「はっ?」
またまたおかしなことを言い出すガウェン様に、驚きを通り越し呆気にとられた。
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