第71話
結局、その日は本当に他愛も無い雑事で一日を終えた。
それがいつもの事で、それで良いのだ。
王女の部屋を出て、帰宅しようと思ったところで、同時に部屋を出たミレイに声を掛けられた。
「セルム様。一つお伝えしておきたい事が御座います」
「……僕に?」
おそらくアルシェット様関連の話である事は想像できたが、アルレ様の前で話さなかったことが気に掛かる。
『もう何も分らぬままでも良いか』という気になっていたせいもあり、あまり気乗りしない。
「はい。アルレ様に要らぬ心配を掛けぬよう配慮したのですが、アルシェット様が仰っていた事はまだありました」
いつもと変わらぬ様子だが、どことなく重々しい雰囲気を感じた。
「正直今はあんまり聞きたくはないけど、僕を呼び止めてまでの話というなら聞かないわけにもいかないか」
僕は若干気怠そうに、額を抑えた。
「はい……」
「何を言っていたの?」
「近い将来この国に、世界に、大きな転機が訪れると……。その際に”アルレ様と貴方が鍵になる”……と」
「で、その大きな転機ってのは何?」
「それは存じません。ただ、口振りから察するに吉事では無いと思います」
まったく、アルシェット様はどこまで僕を過大評価しているんだ?
僕が出来ることなど、小間遣いと、部屋の片付けくらいしかないというのに。
「未来視があるっていうのに何でそんな曖昧なんだ?」
苛立ちを、お門違いと分かりながらもミレイに向けてしまった。
「未来視とはそこまで万能な力では無いようです」
「何それ?何が起きるか分からないけど、何か起きた時にはどうにかしろと?」
大人げないとは思いながらも不満を言わずにいられなかった。
「そういう事なのでしょう」
静かに答えるミレイ。
「大した”未来視”だ。無駄に不安を煽られているだけにしか思えない。それに、僕なんかにそんな事が出来る筈がない」
「なぜ何が起こるかも分からないのに、出来ないと断言できるのですか?」
「話が大きすぎる!国とか世界とか。もし僕にそれだけの力があるなら”ここ”には居なかった!僕なんて所詮その程度の力しかない」
こんな事を言うつもりでは無かったが、勢いで言ってしまった。
しかし、言葉に出してしまったという事は、心のどこかでそう思っていたのだろう。
「……そうですか。私の配慮が足りませんでした」
ミレイは頭を下げる。
普段なら、静かに侮蔑するような場面なのに……。
「ごめん……。ミレイに言う事じゃなかった。今が嫌だというわけじゃなくて……。ただ、国とか世界を救うとかは……想像すら出来ないから……」
言い訳臭くなってしまった事で、更に罪悪感を感じた。
「……貴方はただ、アルレ様の傍にいてくれれば良いのだと思います。おそらくそれでアルレ様が救われるのでしょう。その為ならば、私は命を賭す覚悟があります」
ミレイは強い決意を露にしながらも、優しい口調で言った。
その言葉に何故か安堵を感じた。
が、言っている事はあまり穏やかではない。
「どうして……ミレイはそこまで、アルレ様に献身的になれるんだ?それも……アルシェット様の命令なのか?」
僕はどこか納得がいかず、触れずにいた部分を訊ねた。
「そう考えるのが自然ですね。……ですが、不正解です」
「不正解?」
「ええ、私はアルシェット様に会うよりも前にアルレ様とお会いしております。その際の恩義を今も持ち続けております。私にとって一番の恩人はアルレ様なのです……もっとも、本人は憶えていらっしゃらないようですが……」
「どうしてその事を伝えないんだ?」
「言えない事情もあるのです」
「けど、ミレイはそれで良いの?」
「ええ、不満はありません。私もセルム様と同様、気に入っているんです。今の関係を」
ミレイは一瞬、優しく微笑む。
その表情を見て、僕は驚きと同時に――
この子も本当に謎が多い。
先に言っていた”言えない事情”というのが、彼女を鉄面皮にさせたのではないか?
もしかしたら、それも全て演技なのかもしれない。
実際は今のような笑顔を浮かべるのが本当のミレイなのでは?
――などと、考えていた。
「だからこそ、お助けしたいのです。これはアルシェット様の意思などでは無く、私個人としてのお願いです」
真顔に戻ったミレイは、追い打ちをかけるように言った。
こう言われてしまうと、さすがに情けないことは言い辛い。
「あっ、ああ……。結局のところ、よく分からないけど、分かったよ。それと、さっきまでの話は全部ここだけの話にしておく。あーっ、あと、さっき、命を掛ける?みたいな事を言ってたよね?あれは無しで。僕は誰が欠けても嫌だし、一応、それを護るって名目ならば、出来るかわからないけど、やれることはやってみようと思う。勿論、僕も死ぬつもりは無いけどね……こんなんで答えになってるかな?」
アルシェット様の思惑は分らぬままだが、ミレイからの嘆願とあっては請けるしかない。
これも策略の内であったのならば、完全にお手上げだ。
「そうですか……有難う御座います。貴方のそういう所には好感を持っております」
真顔でそう言うと、ミレイは僕に背を向ける。
「それでは」と言って、ミレイはその場を去った。
指摘された”そういう所”というのが、どういう所なのかは不明だ。
とりあえず”王女の傍で小間使いを続ける”というのが、僕に与えられた役割なのだろう。
結局、やる事は何も変わらないって事だな。
そう言い聞かせ、納得する事にした。
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